栃木ウーヴァFC

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栃木ウーヴァFC
原語表記 栃木ウーヴァフットボールクラブ
呼称 栃木ウーヴァFC
クラブカラー     
創設年 1947年
所属リーグ 関東サッカーリーグ
所属ディビジョン 1部
クラブライセンス (未申請)
ホームタウン 栃木県栃木市
ホームスタジアム Tochigishi Stadium 2.JPG
栃木市総合運動公園陸上競技場[1]
収容人数 5,500
運営法人 株式会社栃木ウーヴァ[1]
監督 堺陽二
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

栃木ウーヴァFC(とちぎウーヴァエフシー、Tochigi UVA FC)は、栃木県栃木市を本拠地とするサッカークラブチーム。Jリーグ加盟を目指すクラブの1つである。登録チーム名は栃木ウーヴァフットボールクラブ(Tochigi UVA Football Club)。

歴史[編集]

1947年日立製作所栃木事業所(現・日立アプライアンス栃木事業所)の実業団チーム「日立栃木サッカー部」として創部。2006年、ジュニアチームを運営していたウーヴァスポーツクラブと統合し、日立栃木ウーヴァスポーツクラブに名称変更した。2009年第33回全国地域サッカーリーグ決勝大会で準優勝し、2010年からの日本フットボールリーグ(JFL)への昇格が決定した。

2010年NPO法人栃木アミスタスポーツクラブに運営を移管、栃木ウーヴァフットボールクラブに名称を変更[2]

2012年はJFLで最下位に終わり、第36回全国地域サッカーリーグ決勝大会3位のノルブリッツ北海道との入替戦に回ったが、PK戦で勝利してJFL残留を決めた。

2013年6月、Jリーグ準加盟を申請したが、見送られた[3]2014年1月、トップチームの運営を株式会社栃木ウーヴァに移管[4]。5月20日、Jリーグ百年構想クラブとして承認された[1]

2015年は自動降格圏内の最下位に終わったが、レギュレーション変更によりJFLへの残留が決まった(詳細は第17回日本フットボールリーグ#地域リーグとの入れ替えを参照)。

2016年サウルコス福井元ヘッドコーチの堺陽二が監督に就任。年間順位は自動降格圏内の15位に終わったが、レギュレーション変更によりJFLへの残留が決まった(詳細は第18回日本フットボールリーグ#地域リーグとの入れ替えを参照)。

2017年、リーグ戦で2年ぶりに自動降格圏内の最下位に終わり、2009年以来となる関東リーグ1部への降格が決まった(詳細は第19回日本フットボールリーグ#地域リーグとの入れ替えを参照)。

2018年、選手契約を原則プロ契約とすることを発表[5]。クラブ代表を務めていた岩原克彦が代表権のない取締役会長に退き、後任に日本理化工業所代表取締役社長・日本理化グループ代表の大栗崇司が就任。戦略統括責任者(CSO)に鳥栖横浜FCなどで監督を務めた岸野靖之、ヘッドコーチに鳥取元監督の松田岳夫が就任した。GK安藤淳也が現役引退しGKコーチとなったほか大半の選手との契約を満了した一方で、引き続き在籍する8選手とはプロ契約を締結。さらに群馬からMF村田翔水戸からFW山村佑樹盛岡からDF守田創甲府からDF津田琢磨とMF若杉好輝徳島からMF井澤惇栃木SCからFW竹中公基金沢から7年ぶりの復帰となるGK原田欽庸東京V(前シーズンは長野に期限付き移籍)からDF大木暁横浜FCからMF野崎陽介と、Jリーグクラブから選手を補強。JFL・テゲバジャーロ宮崎から元JリーガーのMF髙地系治とFW森島康仁、JFL・FCマルヤス岡崎からFWレオジーニョが加入したほか、MF岩渕裕人(松本大学)、DF鯉沼晃(関西大学)、GK田中大貴(大阪学院大学)が新加入。ホームスタジアムの栃木市総合運動公園陸上競技場が芝の張り替えのため4月より使用できなくなり、足利や小山でホームゲームを行うこととなった[6]。2019年よりジュニアチーム(ウーヴァFC)との分離に伴ってチーム名称を変更すると発表した[7]。関東リーグ1部で初優勝した。

チーム成績・歴代監督[編集]

日立栃木サッカー部[編集]

年度 所属 順位 勝点 試合 得点 失点 天皇杯
1978 栃木県1部 2位 14 9 7 0 2 地区予選敗退
1979 2位 9 6 4 1 1
1980 優勝 17 9 8 1 0
1981 関東 9位 12 18 4 4 10 11 28 -17
1982 10位 9 18 4 1 13 20 46 -26
1983 栃木県1部 優勝 14 8 6 2 0
1984 3位 12 9
1985 7位 7 8 2 3 3
1986 3位 10 8 4 2 2
1987 4位 10 9 4 2 3
1988 9位 6 9 3 0 6
1989 栃木県2部A 優勝 14 7 7 0 0
1990 優勝 19 7 6 1 0
1991 栃木県2部 優勝
1992 栃木県1部 3位 19 12 6 1 5
1993 7位 18 12 6 0 6
1994 7位 11 11 4 3 4
1995 9位 12 11 4 0 7
1996 8位 16 11 5 1 5 県予選敗退
1997 8位 13 11 4 1 6
1998 6位 10 9 3 1 5
1999 優勝 28 14 9 1 4
2000 2位 30 14 10 0 4
2001 2位 37 14 12 1 1
2002 優勝 14
2003 関東2部 6位 12 14 4 0 10 25 55 -30
2004 4位 21 14 6 3 5 24 19 +5
2005 3位 25 14 7 4 3 28 18 +10 1回戦敗退

日立栃木ウーヴァSC[編集]

年度 所属 順位 勝点 試合 得点 失点 天皇杯 監督
2006 関東2部 2位 30 14 9 3 2 35 18 +17 県予選敗退 三関隆
2007 関東1部 2位 27 14 9 0 5 33 17 +16 横濱誠
2008 2位 26 14 8 2 4 24 19 +5 3回戦敗退
2009 2位 31 14 10 1 3 30 16 +14 県予選敗退

栃木ウーヴァFC[編集]

年度 所属 順位 勝点 試合 得点 失点 天皇杯 監督
2010 JFL 15位 31 34 7 10 17 41 75 -34 1回戦敗退 横濱誠
2011 10位 45 33 12 9 12 40 43 -3 2回戦敗退
2012 17位 22 32 4 10 18 36 70 -34 県予選敗退 井出大介
2013 17位 30 34 9 3 22 34 66 -32 2回戦敗退 多田徹朗
2014 13位 19 26 4 7 15 16 37 -21 1回戦敗退
2015 16位 19 30 5 4 21 29 61 -32 1回戦敗退 前田和也
2016 15位 16 30 5 1 24 34 77 -43 1回戦敗退 堺陽二
2017 16位 24 30 5 9 16 22 56 -34 2回戦敗退
2018 関東1部 優勝 18   県予選敗退

タイトル[編集]

スタジアム[編集]

年度・競技場別の試合数[編集]

※2010年のJFLリーグ加盟以後[8]
年度 栃木市陸 足利市陸 その他
2010 14 3 なし
2011 12 4 小山1
2012 11 3 小山2
2013 8 7 栃木県陸1
小山1
2014 9 3 小山1
2015 10 3 小山2
2016 10 3 小山2
2017 10 3 小山2

足利市とのダブルホームタウン制[編集]

2013年より足利市をセカンドホームタウンとすることが合意され[9]足利市総合運動公園陸上競技場をセカンドホームスタジアムとして使用すると共に、将来的な日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)加盟のために本拠地を足利市に完全移転するための支援を進めていくことも視野に入れていた。クラブは2014年にもチーム名の変更を検討しているといい、そのことから、足利市長大豆生田実は「足利ウーヴァとは言わないが、栃木市にも両毛線は走っていることから『両毛ウーヴァ』にしてはどうか」との提案もあった。

2013年4月の足利市長選挙でダブルホームタウンに慎重だった和泉聡が選挙で当選し、「ダブル本拠地に関する合意書」について2014年2月の更新時に更新しないことをウーヴァ側に伝えた[10][11]

足利市とのホームタウン契約は基本1年で、期間満了の3か月前までに特に返事がない場合は契約を1年ごとに更新するものと見なされることになっていたが、和泉が「練習会場の確保など、合意事項を実行できない」と判断し、10月24日までに栃木ウーヴァに対し契約更新をしない旨を伝えたといい、和泉はその中で「栃木市側と意志疎通を繰り返す中で、"ウーヴァに足利に浮気しないで、栃木市に戻ってきてほしい"というニュアンスを感じた」と説明している。また足利市教育委員会も教育次長・大滝康裕が「ダブルホームタウンは甘い結び方だった」と、合意がずさんなものであることを示唆していた[10]

また足利市側は週1回程度夜間練習ができる会場を確保するとしていたが「サッカーのスパイクによって芝生が荒れて、頻繁に修復工事をしなければいけない」と、確保ができなかった理由を説明しており、また足利事務所の設置や資金調達のための情報提供も「市が個別の団体に対して行うのは好ましくない」としてそれを拒み、名称変更を含めた栃木市との交渉も事実上決裂していた状態にあった[11]


ユニフォーム[編集]

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) ピンク
FP(2nd) ピンク ピンク
GK(1st) オレンジ
GK(2nd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
日本理化工業所 NIPPONRIKA 2017年4月 - 2017年は背中上部
(1st : 「NIPPONRIKA」、2nd : 「vincent」表記)
背中上部 MICAMATION AG MICAMATION 2018年 -
背中下部 深井製作所 FUKAI 2017年4月 - 2017年は胸
なし - -
パンツ なし - -

ユニフォームサプライヤー[編集]

歴代ユニフォームスポンサー年表[編集]

年度 背中上部 背中下部 パンツ サプライヤー
2010 日立エアコン・冷蔵庫 - 解禁前 日本旅行 大坂屋 ASICS
2011 アスワン
2012 和洋レストラン いらっしゃれ Le cinqsens
2013 丸和住宅
2014 アスライブ
2015 エフアンドエフ
2016 - mitre
2017 FUKAI NIPPONRIKA (1st)
vincent (2nd)
栃木市医師会 ニッコークリエート
2018 NIPPONRIKA MICAMATION FUKAI - - LUXPERIOR

脚注[編集]

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外部リンク[編集]