柿沼幸一郎

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柿沼 幸一郎(かきぬま こういちろう、? - 2010年8月16日[1])は日本の行政官。元公正取引委員会委員、元公正取引委員会事務局長。新日鉄合併事件の独占禁止法的処理にあたった。神戸税関長や日本銀行理事等も歴任。1989年勲二等瑞宝章受章。

人物 [編集]

栃木県出身。旧制足利中学校(のちの栃木県立足利高等学校)を経て、1941年12月旧制東京商科大学(のちの一橋大学)を繰り上げ卒業。大学では田中誠二ゼミナールに所属。卒業論文は「法律社会学の諸問題」。

1942年1月大蔵省入省、会社部勤務(六給俸)。同年大日本帝国海軍入隊。東京監督官事務所を経て海軍省兵備局で鉄の物動計画を担当。

1946年千葉税務署長。その後第3代麹町税務署長等を経て、1955年大蔵省金融制度調査官、1960年東京国税局総務部長。

大蔵省大臣官房文書課長を経て、1963年神戸税関長。

1864年公正取引委員会事務局取引部長。1967年に閣議了解を受け公正取引委員会事務局長に就任[2]。1969年に山田精一公正取引委員長が退任したのを受け、進退伺いを出すが、留任[3]。翌1970年には公正取引委員会委員に就任[4]。公正取引委員会では、八幡製鐵富士製鐵が合併し新日本製鐵となる際の独占禁止法に関する問題について扱った(新日鉄合併事件)[5]

1971年泉美之松の後任として日本銀行理事に就任[6]足利銀行監査役等も務めた。

1989年勲二等瑞宝章受章[7]

2010年8月16日肺炎のため千葉県鎌ケ谷市の病院で死去。90歳没[1]

主な著作[編集]

著書[編集]

論文[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 河北新報 内外のニュース/柿沼幸一郎氏死去 元日銀理事
  2. ^ 1967年9月13日 朝日新聞
  3. ^ 1969年11月8日 朝日新聞
  4. ^ 1970年2月18日 朝日新聞
  5. ^ 同意審決昭和44年10月30日・審決集16・46参照
  6. ^ 1971年9月11日 朝日新聞
  7. ^ 1989年11月03日 朝日新聞