柴田章吾

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柴田 章吾
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 三重県いなべ市
生年月日 (1989-04-13) 1989年4月13日(29歳)
身長
体重
175 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2011年 育成選手ドラフト3位
年俸 270万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

柴田 章吾(しばた しょうご、1989年4月13日 - )は、三重県いなべ市出身の元プロ野球選手投手育成選手)。現役引退後は読売巨人軍球団職員(ジャイアンツアカデミーコーチ)を経て、大手外資系総合コンサルティングファーム・アクセンチュア株式会社に入社。経営/ITコンサルタントとして従事。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

愛知県名古屋市に生まれる。妹が生まれたのを機に、三重県いなべ市に引っ越す。三里小2年の時に野球を始める。鈴鹿リトルをへて四日市トップエースに移り、小6の時に投手として全国制覇[1]。その後も順調に成長し天才投手として騒がれ海外遠征を控えた、大安中3年生の時に厚生労働省指定の難病「ベーチェット病」を発症[1]。全国レベルの強豪10校以上が入学を勧めてきていたが体調不良を理由に話はなくなり、医師から強豪校に進んで野球をするのは無理だと告げられたが、愛工大名電に進学[1]。愛工大名電では入院生活や長期間練習ができない時期もあったが、2年生春からベンチ入り、3年生夏に甲子園に出場[1]。甲子園出場時には「甲子園で投げて、全国でこの病気に苦しんでいる人を勇気付けたい」と語る[1]。明治大学では同期に野村祐輔らがおり控え投手であった[2]。2011年8月26日に行われた読売ジャイアンツ2軍との交流戦に登板[3]。3回を投げ走者を1人も出さない完全投球を行った[3]

2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議読売ジャイアンツから育成3位指名を受け、年俸240万円、支度金100万円(推定)。ドラフト開始から3時間、95番目の指名であった[4]。指名を受けての会見で「同じ病気と闘う人たちに勇気や希望を与えることができれば」と語る[2]

プロ入り後[編集]

2012年シーズンはイースタン・リーグでの登板もなかった。第二の2軍では、12試合に登板し、防御率14.54であった。シーズン後の契約更改では11月14日に増減なしの240万円でサインした[5]

2013年のシーズンはイースタン・リーグ開幕戦でイースタンリーグ初登板を果たした。最終的にイースタンリーグで27試合に登板し、1勝0敗、防御率3.56の成績であった。10月7日より宮崎県で開催された 「2013年みやざきフェニックス・リーグ」、また11月26日より台湾で開催された「アジア・ウィンター・リーグ」に投手としては読売ジャイアンツでは松本竜也と2人で参加した[6]。ウインター・リーグでの成績は10試合(0先発)、15.0回1失点(自責1)、0勝0敗1H、防御率0.60、WHIP0.60であった。シーズン後の契約更改では、12月25日に30万円アップの270万円でサインした[7]

2014年は宮崎キャンプ中の2月2日虫垂炎の手術を行った[8]10月1日に球団から戦力外通告を受ける[9]

現役引退後[編集]

2015年1月、読売巨人軍球団職員として第二の人生をスタート。ジャイアンツアカデミーのコーチとして子供達への野球指導を行う[10]。また、球団職員として働きながら学生時代から興味を抱いていた就職活動を開始。学生時代の友人から情報収集をしたり企業研究や自己分析を進め、外資系総合コンサルティング企業のアクセンチュア株式会社に内定[11]

2016年4月、アクセンチュア株式会社へ転職し、経営/ITコンサルタントとして従事。ビジネスマンとして成長し、将来的な夢の一つとしてメジャーリーグの経営に携わりたいと引退後のインタビュー記事で語っている[11][12]

選手としての特徴[編集]

左腕でスリークォーター気味のフォームから最速145キロの直球を投げ込む[2]スライダーとストレートのコンビネーションが持ち味。なお、打撃技術も非凡でシュアなバッティングを魅せる。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]

  • 一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 019 (2012年 - 2014年)

参考図書[編集]

  • 田尻賢誉「あきらめない限り、夢は続く - 愛工大名電・柴田章吾の挑戦」講談社、2008年 ISBN 978-4062145718
  • 田尻賢誉「あきらめない限り、夢は続く - 難病の投手・柴田章吾、プロ野球へ」新潮社、2012年 ISBN 9784101380117

関連番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e “名電・柴田章、病魔と向き合い胴上げ投手”. 日刊スポーツ. (2007年8月1日). http://nagoya.nikkansports.com/news/p-nn-tp0-20070801-235203.html 2011年11月5日閲覧。 
  2. ^ a b c “ドラフト:G育成枠指名の柴田 難病と闘いながら夢追い”. (2011年11月1日). http://mainichi.jp/enta/sports/news/20111101k0000e050005000c.html 2011年11月5日閲覧。 
  3. ^ a b “ドラフト:難病と闘う明大・柴田、指名に涙…巨人育成3位”. (2011年10月28日). http://hochi.yomiuri.co.jp/giants/news/20111028-OHT1T00038.htm 2011年11月5日閲覧。 
  4. ^ 週刊ベースボール2011年11月4日号 ベースボール・マガジン社発行
  5. ^ “巨人 - 2013年度契約更改”. サンケイスポーツ. http://www.sanspo.com/baseball/professional/data/12/salary/giants.html 2013年2月28日閲覧。 
  6. ^ “ウインターリーグが始まります!(11月26日)”. スポーツニッポン. (2013年11月26日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/yomimono/kotora/kiji/K20131126007087260.html 2014年2月25日閲覧。 
  7. ^ “2014年度契約更改 読売ジャイアンツ”. サンケイスポーツ. http://www.sanspo.com/baseball/professional/data/13/salary/giants.html 2014年2月23日閲覧。 
  8. ^ “巨人の柴田章吾が虫垂炎手術、入院”. 日刊スポーツ. (2014年2月2日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140202-1252250.htmll 2014年2月23日閲覧。 
  9. ^ 越智選手ら7選手に戦力外通告巨人球団公式サイト2014年10月1日配信
  10. ^ 難病乗り越え…元プロ野球投手 次の夢へ”. 2017年5月29日閲覧。
  11. ^ a b ATHLETE LIVE 難病も戦力外通告も、すべてをプラスに変えて未来の糧に”. 2018年2月28日閲覧。
  12. ^ “元巨人投手が難病&戦力外バネに大手外資コンサル社員へ転身 夢は大リーグ職員(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース” (日本語). Yahoo!ニュース. https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180619-00000041-dal-base 2018年7月14日閲覧。 

関連項目[編集]