枝郷
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枝郷(えだごう)は、中世、近世の日本において元の村(本郷・元郷)から分出した集落を指す。「枝村」「支村」「子村」などとも書く。
概要
[編集]もとの村を本郷(本郷、元郷、親郷、親村、本村)とよぶのに対し、新村を枝郷(枝村、子村)と称した。 多くの場合、本郷の庄屋・名主から村高が分け与えられていたが、中には庄屋や組頭などが置かれ、本郷並の扱いを受けていた枝郷も存在した。
摂津国住吉郡平野郷町においては散郷四村が枝郷にあたり、江戸時代には村年寄がおかれ、本郷七町内の惣会所に出席する権利があった。
地名
[編集]下記は地名としての枝郷の一覧である。