林霊素
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林 霊素(林靈素、りん れいそ、1075年 - 1119年)は、中国・北宋の道士。北宋第8代皇帝徽宗に取り入り、仏教弾圧事件を引き起こした中心人物とされる。
『宋史』には、次のように記されている。
- 温州生まれの人物、若いころ浮屠(仏陀)を学んだが、師の笞・罵に耐えられず、止めて道士となった。
- 妖幻を良くし、淮河-泗河間を行き来し、僧寺に食を丐(乞)うていたが、僧寺からは苦しめられていた。
- 政和末、王老誌(志)、王仔昔が既に衰え、徽宗が左道録司 (zh) の徐知常に推薦できる方士(道士)はいないかと訪ねたところ、徐知常は霊素の名を答えた。
- 林靈素,溫州人。少從浮屠學,苦其師笞罵,去為道士。
- 善妖幻,往來淮、泗間,丐食僧寺,僧寺苦之。
- 政和末,王老誌、王仔昔既衰,徽宗訪方士於左道錄徐知常,以靈素對。
- (宋史 巻462 方枝伝(下))
この後に林霊素が帝前である説を述べると、徽宗が道教に心酔してしまったという逸話が記されている。
参考文献[編集]
- 窪篤忠『北宋の徽宗の仏教弾圧事件』〈大正大学仏教文化学会紀要 10〉(2001年)