林博史

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林 博史(はやし ひろふみ、1955年4月6日 - )は、日本歴史学者関東学院大学経済学部教授。専攻は日本近現代史。日本の戦争責任資料センター研究事務局長。BC級戦犯裁判、慰安婦問題、沖縄戦研究などを行っている。

経歴・人物[編集]

兵庫県神戸市生まれ。1979年東京大学文学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科修士課程を経て、1985年同博士課程修了(社会学博士)。論文の題は「近代日本国家の労働者統合 : 内務省社会局労働政策の研究」[1]。 大学院では藤原彰に師事した。 1985年より関東学院大学経済学部専任講師、同助教授を経て、1999年より教授。 2002年『沖縄戦と民衆』で伊波普猷賞を受賞。

「改竄」問題[編集]

1991年3月、林は御田重宝・中国新聞解説委員(当時)による『中国新聞』紙上での連載「BC級戦犯」の中で自らが関わった『マラヤの日本軍』の内容が歪曲、捏造の上引用されたとして、同新聞社に抗議文を出し、これが「中国新聞資料改ざん」として報道された。

その後、林は御田の著書『ノモンハン戦』内に辻政信著『ノモンハン』からの引用と称して、御田が勝手に創作して加筆した箇所があるとの批判を行なったが、問題部分は改版された原書房版には該当箇所があり、林の事実誤認だったことが後に判明した。林は他にも御田の『シベリア抑留』にも剽窃箇所があると主張したが、これも御田からの反論を受けている[2]

「集団自決」記述検定問題[編集]

林は文部科学省が2006年度の歴史教科書検定沖縄戦の記述について「集団自決」は日本軍の強制ではないという方向の修正を行い、その根拠として林の著書「沖縄戦と民衆」を挙げられたことに対して、確かに「赤松隊長から自決せよという形の自決命令は出されていないと考えられる」との一文があるが、これは事件当日に自決の軍命令が出ていなかったことを書いたのであって日本軍による強制とは違う次元の話。島民は事件発生前から日本軍によって「敵の捕虜となるのは恥なので自決すべき」「捕虜は裏切り者だから殺されて当然」「島民は軍に全面的に協力し、軍が全滅した時は島民も死ぬべき」等の指示をされており、追い詰められた場合には自決することを強いられていた。このような日本軍による強制や誘導とその過程が集団自決問題の本質であるとして、軍による強制がなかったとした文科省の検定を批判した [3] [4]

藤岡信勝は、「集団自決に軍命令があった」と歴史教科書に記述されたのは、「鉄の暴風」とそれを引用した文献が集団自決は守備部隊長の命令と書いたからであって、この命令が無かったのであれば教科書の記述は直されなければならないと述べている。そして日本軍の強制や誘導によって引き起こされたとされる島民の精神状態は、戦争末期には沖縄諸島に限らず日本全国で同じ状態であったこと。これは日本軍だけでなく社会全体がそのような意識であり、メディアでは朝日新聞が特に責任があること。林の説は「日本軍を悪逆非道に描き出すという目的」があり、当時の時代潮流の責任を日本軍にだけ押しつけようとするもので成り立たないと批判している [5]

慰安婦問題[編集]

2007年4月、林は東京大学社会科学研究所図書館所蔵の東京裁判尋問調書を根拠として、日本軍が組織的に現地女性を強制的に慰安婦にする行為があったとする主張を行なった。オランダやフランス、中国など各国の検察団が裁判に提出した尋問調書や陳述書は「インドネシア・ジャワ島やベトナム・ランソン、中国・桂林などで日本軍が現地女性らを強制的に慰安婦にしようとした」と証言している内容であった[6][7][8]。 これらは新資料として発表されたが、実際には林が確認した裁判資料は既に、共同研究パル判決書(東京裁判研究会編/講談社学術文庫/1984年2月10日初版発行)下巻第六部「厳密なる意味における戦争犯罪」においてパル判事に批判された「偽証罪の適用と反対尋問を受けない伝聞」にすぎない[9]

2007年4月17日、吉見義明との共同記者会見で、「先月公開された国会図書館の靖国神社の資料で、慰安所を経営していた人物が靖国神社に合祀されていることが明らかになった。また、戦犯裁判所で有罪判決を受けて処刑された軍幹部もまた靖国神社に合祀された」と述べ、「女性たちを誘拐した人や戦犯で処刑された人物が靖国に祀られているのは深刻な問題だ。日本政府は反省すべきだ」と要求した[10]

2008年6月にはイギリス国立公文書館で、日本軍が敗戦直後に日本人慰安婦を補助看護婦として雇用していたことを、初めて文書で確認した。林はこの史料を軍が慰安婦管理に深く関わっていたという見方を補強する史料であるとし、また、看護婦とすることで軍が慰安婦の存在を連合国側から隠蔽しようとしたのではないかと主張している[11]。ただし、「帝国軍隊従軍記 現代史の証言4--千田夏光 (1975年)」には「親切な軍医さんが私たちを看護婦だと英国兵にウソを言って一緒に復員船へのせ連れて帰ってくれました。」という記述があり、以前から知られていた事実だと言える。

2009年3月、林は吉見義明らと共同で戦争と女性の人権博物館の呼びかけ人となる[12]

2009年5月21日、VAWW-NETジャパンの公開ワークショップ2009で、太平洋戦争の沖縄戦における日本軍慰安所・性暴力の展開について報告した[13]

2014年2月25日、石原信雄官房副長官の証言[14]により、事実関係の裏付け調査を一切行っていなかったことが明らかとなった「河野談話」について、談話を検証しようとする動きを、「元慰安婦の証言の信ぴょう性を検証しようという主張は、慰安婦の存在自体を否定するためのものだ」と主張した[15]

2014年10月9日に、朝日新聞社と「朝日新聞の慰安婦報道について検証する第三者委員会」に対して、この委員会には慰安婦問題で学術的な業績を上げた研究者や人権問題の専門家が居ないだけでなく女性の人権問題であるのに委員に女性が少ない点が問題であるとして、これらを改善するよう求める『「朝日新聞の慰安婦報道について検証する第三者委員会」についての研究者・弁護士の要望書』を提出した[16]

2016年12月27日、安倍晋三首相はアメリカのオバマ大統領と共に日米開戦の発端地となったハワイの真珠湾を訪問し、真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊を行った。安倍は真珠湾で演説を行い、日米関係を「希望の同盟」「和解の力(the power of reconciliation)」とし、国際紛争の解決には寛容さが必要であると訴え[17]ると、林は山口智美アレクシス・ダデン金富子ガヴァン・マコーマックらと共に、安倍の歴史認識と中国・朝鮮の戦争犠牲者に対する慰霊を行う意思があるかを問いただす公開質問を行った。[18]この公開質問に対して、米国ダートマス大学のジェニファー・リンド教授は「日米韓は信頼関係があるから和解は成立するが、中国や韓国は日本と信頼関係はないため、慰霊は逆効果になる。」と解説している。[19]

脚注[編集]

  1. ^ 博士論文書誌データベース
  2. ^ 御田重宝 「ある新聞ジャーナリズムの屈辱と死―改竄記者に仕立てられた私」『諸君!』1992年9月号
  3. ^ 林博史 (2007年11月20日). “『通販生活』No.231、2007年秋冬号、2007年11月 住民を『集団自決』に追い込んでいったのは軍でした”. 2014年1月15日閲覧。
  4. ^ 林博史 (2007年12月25日). “平成18年度検定決定高等学校日本史教科書の訂正申請に関する意見に係る調査審議について (PDF)”. 文部科学省. pp. 75-79. 2014年1月24日閲覧。
  5. ^ 藤岡信勝 (2007年12月3日). “林博史氏は教科書検定審議会の意見聴取の対象人物として適格か”. 自由主義史観研究会. 2014年1月15日閲覧。
  6. ^ 「慰安婦」問題 強制性示す新資料 研究者ら公表 東京裁判で証拠採用(2007年4月18日(水)「しんぶん赤旗」)
  7. ^ 極東国際軍事裁判に各国が提出した日本軍の「慰安婦」強制動員示す資料 「従軍慰安婦」問題 日本軍の強制示す公文書 3点の大要(邦訳)(2007年4月19日(木)「しんぶん赤旗」)
  8. ^ 極東国際軍事裁判に各国が提出した日本軍の「慰安婦」強制動員示す資料(朝鮮新報 2007.5.9)
  9. ^ 共同研究パル判決書(東京裁判研究会編、講談社、1984年)上巻537~538頁、下巻580~607頁。
  10. ^ 日本の心臓部で広がった「慰安婦」問題糾弾の声 (聯合ニュース)
  11. ^ 敗戦後、慰安婦を看護婦に 旧軍の命令、文書で初確認 共同通信2008年6月19日
  12. ^ 「戦争と女性の人権博物館」日本建設委員会/WHR日本建設委呼びかけ人 [1]
  13. ^ バウネット・公開ワークショップ2009[2]
  14. ^ 「河野談話、(慰安婦聞き取り調査の)裏付けなし」石原元副長官が国会で証言 産経新聞 2014年2月20日
  15. ^ 車学峰(チャ・ハクポン) (2014年2月27日). “林博史氏「談話検証は慰安婦の存在自体を否定するため」”. 朝鮮日報/朝鮮日報日本語版. オリジナル2014年3月7日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20140307154431/http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/02/27/2014022701020.html 
  16. ^ 「朝日新聞の慰安婦報道について検証する第三者委員会」についての研究者・弁護士の要望書
  17. ^ 首相官邸 「米国訪問 日米両首脳によるステートメント」 [3]
  18. ^ ハフィントンポスト 2016年12月26日[4]
  19. ^ ニューヨークタイムズ 2016/12/24 [5]

著書[編集]

単著[編集]

  • 『近代日本国家の労働者統合――内務省社会局労働政策の研究』(青木書店, 1986年)
  • 『華僑虐殺――日本軍支配下のマレー半島』(すずさわ書店, 1992年)
  • 『裁かれた戦争犯罪――イギリスの対日戦犯裁判』(岩波書店, 1998年)
  • 『沖縄戦と民衆』(大月書店, 2001年)
  • 『BC級戦犯裁判』(岩波書店[岩波新書], 2005年)
  • 『シンガポール華僑粛清――日本軍はシンガポールで何をしたのか』(高文研, 2007年)
  • 『戦後平和主義を問い直す――戦犯裁判、憲法九条、東アジア関係をめぐって』(かもがわ出版, 2008年)
  • 『沖縄戦――強制された「集団自決」』(吉川弘文館, 2009年)
  • 『戦犯裁判の研究――戦犯裁判政策の形成から東京裁判・BC級裁判まで』(勉誠出版、2010年)
  • 『沖縄戦が問うもの』(大月書店、2010年)

共編著[編集]

  • 高嶋伸欣)『マラヤの日本軍――ネグリセンビラン州における華人虐殺』(青木書店, 1989年)
  • 吉見義明)『日本軍慰安婦――共同研究』(大月書店, 1995年)
  • (VAWW-NETジャパン)『日本軍性奴隷制を裁く(4)「慰安婦」・戦時性暴力の実態2』(緑風出版, 2000年)
  • 中村桃子細谷実)『暴力とジェンダー 連続講義』(白澤社、2009年)

編纂資料[編集]

  • 『連合国対日戦争犯罪政策資料集 第1期 連合国戦争犯罪委員会資料(全15巻)』(現代史料出版, 2008年)

外部リンク[編集]