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枇杷島 (名古屋市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 西区 > 枇杷島・枇杷島町
日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中村区 > 枇杷島町
枇杷島
清音寺
清音寺
枇杷島の位置(愛知県内)
枇杷島
枇杷島
枇杷島の位置
枇杷島の位置(名古屋市内)
枇杷島
枇杷島
枇杷島 (名古屋市)
北緯35度11分33.01秒 東経136度52分29.74秒 / 北緯35.1925028度 東経136.8749278度 / 35.1925028; 136.8749278
日本の旗 日本
都道府県 愛知県
市町村 名古屋市
西区
町名制定[1] 1987年昭和62年)10月12日
面積
 • 合計 0.8088753 km2
人口
2019年(平成31年)2月1日現在)[3]
 • 合計 7,216人
 • 密度 8,900人/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
451-0053[4]
市外局番 052 (名古屋MA)[5]
ナンバープレート 名古屋
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枇杷島(びわじま)は、愛知県名古屋市西区の町名。現行行政地名は西区枇杷島一丁目から枇杷島五丁目と枇杷島町および中村区枇杷島町[2]住居表示実施[6]。枇杷島町には7つの小字が設置されている。

地理

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名古屋市西区西部に位置する[7]。西区枇杷島は、西に枇杷島町、北に南堀越一丁目・同二丁目が接する[7]。西区枇杷島町は庄内川東岸に僅かに残存する。

中村区枇杷島町は庄内川東岸の僅かな区画に字池州と字宮野が残るのみである。東に西区枇杷島町、西に日比津町、南に新富町、北に清須市西枇杷島町南六軒が接する。

字一覧

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枇杷島町の小字は以下の通り[8]。 以下の表において、

  • 消滅した字については背景色    で示す。
  • 現存する字のうち西区に所在するものには■を、中村区に所在するものには★を付した。
  • 括弧内には読みを示す。
障泥懸(あおりかけ)[注釈 1] 荒井(あらい)■
池洲(いけす)★■ 石杉(いしすぎ)
亥新田(いしんでん)■[注釈 2] 一本橋(いっぽんばし)
井戸田(いどた) 氏苗(うじなえ)
江ノ間(えのあい) 江跨(えまたぎ)
江向(えむかえ)[注釈 3] 上ノ町(かみのちょう)
北瀬木(きたせき)[注釈 4] 北出(きたで)
下ノ町(しものちょう) 茶島(ちゃしま)
町田(ちょうだ) 寅新田(とらしんでん)
中井(なかい)■ 長鞘(ながさや)
中ノ町(なかのちょう)[注釈 5] 西定布(にしじょうふ)
西脇(にしわき) 子新田(ねしんでん)
東定布(ひがしじょうふ) 東出(ひがしで)
藤田(ふじた)[注釈 6] 宮野(みやの)★
松中(まつなか)■ 道上(みちかみ)
道下(みちしも) 南瀬木(みなみせき)[注釈 7]
柳場(やなぎば)■ 四ツ道(よつじ)[注釈 8]

歴史

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町名の由来

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江戸期春日井郡枇杷島村を前身とする。由来については諸説ある。『尾張国地名考』は、藤原師長井戸田に流された際に関係をもった当地の里長の娘に、帰京するときに白菊の琵琶を贈ったことが由来とする[9]庄内川中洲であった「中島」[注釈 9]の形状がビワに似ていることからともいう[10]。また、『尾張名所図会』は当地にビワが多かったことによるという説を採っている[10]

地名は戦国期から見え、『信雄分限帳』に「ひハ島」とある。

行政区画の変遷

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枇杷島町

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枇杷島一丁目から枇杷島五丁目

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世帯数と人口

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2019年(平成31年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[3]

丁目 世帯数 人口
枇杷島一丁目 607世帯 1,206人
枇杷島二丁目 430世帯 798人
枇杷島三丁目 683世帯 1,395人
枇杷島四丁目 764世帯 1,536人
枇杷島五丁目 999世帯 2,281人
3,483世帯 7,216人

学区

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市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[11]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[12]

丁目 番・番地等 小学校 中学校 高等学校
枇杷島一丁目 全域 名古屋市立枇杷島小学校 名古屋市立天神山中学校 尾張学区
枇杷島二丁目 全域
枇杷島三丁目 全域
枇杷島四丁目 全域
枇杷島五丁目 全域

交通

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施設

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地図
About OpenStreetMaps
Maps: terms of use
750 m
15
14
13
12
10
9
8
7
6
5
4
3
2
1
略地図
1
東枇杷島駅
2
名古屋市枇杷島スポーツセンター
3
枇杷島公園
4
名古屋市営枇杷島荘
5
名古屋東枇杷島郵便局
6
名古屋市立枇杷島小学校
7
枇杷島幼稚園
8
白菊公園
9
名古屋琵琶里郵便局
10
曹洞宗慈福寺
12
清音寺
13
浄土真宗本願寺派西源寺
14
男女守稲荷社
15
八幡社
名古屋市中央卸売市場枇杷島市場の跡地に整備された[13]
曹洞宗の寺院[14]。創建当初は天台宗であったと伝わる[15]。山号は松峯山[14]。本尊として釈迦牟尼如来を祀る[14]。地名の由来とされる伝説に登場する村長の娘の菩提を弔うために建てられたとされる[16]。寺号は娘の法名である「清音院松月麗照大姉」に由来するとされる[15]

その他

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日本郵便

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脚注

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注釈

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  1. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では、「泥障掛(あをりかけ)」としている。デジタル庁『アドレス・ベース・レジストリ』では、読みを「でいしょうかかり」とする。
  2. ^ デジタル庁『アドレス・ベース・レジストリ』では、読みを「いのしんでん」とする。
  3. ^ 1930年に庄内町大字堀越から編入された小字。
  4. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では、「北堰」としている。
  5. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』にはこの小字の記載はない。
  6. ^ 1930年に庄内町大字堀越から編入された小字。
  7. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では、「南堰」としている。
  8. ^ 1882年の『明治十五年愛知縣郡町村字名調』では、「四ツ辻󠄀(よつじ)」としている。
  9. ^ かつて、西春日井郡の郡役所が設置されていた島。住民も多く住んでいたが、昭和初期の河川改修で撤去される。

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j k 名古屋市計画局 1992, p. 763.
  2. ^ a b 愛知県名古屋市西区の町丁・字一覧”. 人口統計ラボ. 2017年4月8日閲覧。
  3. ^ a b 町・丁目(大字)別、年齢(10歳階級)別公簿人口(全市・区別)”. 名古屋市 (2019年2月20日). 2019年3月10日閲覧。
  4. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2019年3月10日閲覧。
  5. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年1月6日閲覧。
  6. ^ 名古屋市役所市民経済局地域振興部住民課町名表示係 (2015年10月21日). “西区の町名一覧”. 名古屋市. 2017年8月7日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 1509.
  8. ^ 名古屋市道路認定図”. 名古屋市. 2025年12月15日閲覧。
  9. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 235.
  10. ^ a b 西春日井郡 1923, p. 11.
  11. ^ 市立小・中学校の通学区域一覧”. 名古屋市 (2018年11月10日). 2019年1月14日閲覧。
  12. ^ 平成29年度以降の愛知県公立高等学校(全日制課程)入学者選抜における通学区域並びに群及びグループ分け案について”. 愛知県教育委員会 (2015年2月16日). 2019年1月14日閲覧。
  13. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 236.
  14. ^ a b c 山田寂雀 & 西岡寿一 1983, p. 113.
  15. ^ a b 山田寂雀 & 西岡寿一 1983, p. 114.
  16. ^ 西区制70周年記念誌編纂委員会 1978, p. 105.
  17. ^ 郵便番号簿 平成29年度版 - 日本郵便. 2019年03月10日閲覧 (PDF)

参考文献

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  • 西区制70周年記念誌編纂委員会 編『西区70年のあゆみ』名古屋市西区役所、1978年10月1日。 
  • 山田寂雀、西岡寿一『名古屋区史シリーズ3 西区の歴史』愛知県郷土資料刊行会、1983年7月25日。ISBN 487161011X 
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5 
  • 名古屋市計画局『なごやの町名』名古屋市計画局、1992年3月31日。全国書誌番号:93012879 

関連項目

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外部リンク

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