枇杷島橋駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
枇杷島橋駅
MT-Biwajimabashi Station.JPG
びわじまばし
BIWAJIMABASHI
所在地 愛知県西春日井郡西枇杷島町下小田井
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1912年(大正元年)8月6日
廃止年月日 1949年(昭和24年)7月31日
乗入路線 2 路線
所属路線 名古屋本線
キロ程 71.3km(豊橋起点)
東枇杷島 (0.6km)
(0.3km) *西枇杷島(貨)
(0.9km) 二ツ杁
所属路線 犬山線
キロ程 0.0km(枇杷島橋起点)
(1.5km) 下小田井
備考 *旅客営業休止中
テンプレートを表示

枇杷島橋駅(びわじまばしえき)は、愛知県西春日井郡西枇杷島町下小田井[1](現、愛知県清須市西枇杷島町橋詰)にあった、名古屋鉄道名古屋本線犬山線

名古屋電気鉄道により庄内川橋梁の完成により枇杷島線が延長された際に開業した駅である。庄内川の西岸に位置し、庄内川橋梁に隣接していた。枇杷島線は同時に一宮線に改称している。

廃止後はそのままの線路配置で枇杷島分岐点となったが、庄内川橋梁の上流側への架替に伴い現在の線形に変更された。

駅構造[編集]

2面2線の相対式ホームだった。現在の枇杷島分岐点は名古屋本線・犬山線とで両開き分岐となっているが、枇杷島橋駅は名古屋本線が直線で、犬山線が分岐する形となっていた。

駅と庄内川橋梁との間は急勾配区間(40 )が存在した。駅自体も分岐点や川岸の踏切に挟まれて拡張余地がほとんどなく、電車が大型化してもホームを延長できなかった[2]。そのため、手狭な枇杷島橋駅を廃止して西枇杷島駅を復活させる措置を取らざるを得なかった。

配線図[編集]

枇杷島橋駅 構内配線略図
一宮犬山方面

清洲
津島方面
枇杷島橋駅 構内配線略図
押切町方面
凡例
出典:[2]


歴史[編集]

  • 1912年大正元年)8月6日 - 庄内川橋梁完成により、名古屋電気鉄道が枇杷島線の延長として、枇杷島 - 西印田間を開業させた際に開設。同日枇杷島線は一宮線に改称する。
  • 1921年(大正10年)7月1日 - 路線譲渡により名古屋鉄道一宮線の駅となる。
  • 1941年昭和16年)
    • 8月11日 - 新名古屋 - 東枇杷島信号所が開業。東枇杷島信号所は庄内川橋梁東岸に設置された仮信号所であった。
    • 8月12日 - 押切町 - 東枇杷島信号所間が廃止(駅としては押切町 - 当駅間が廃止)。当駅 - 岩倉間は犬山線に編入、新名古屋 - 当駅間は名岐線となり、両線の分岐駅となる。
  • 1948年(昭和23年)5月16日 - 豊橋 - 新岐阜間を名古屋本線とし豊橋 - 新岐阜間直通運転開始。これにより名古屋本線と犬山線の分岐駅となる。
  • 1949年(昭和24年)7月31日 - 当駅が廃止され枇杷島分岐点となる。利用者のために翌日から西枇杷島駅の営業を再開する。
  • 1958年(昭和33年)3月16日 - 庄内川橋梁が上流側に架け替えられ、現在の線形となる。

現在[編集]

  • 枇杷島橋駅の跡地は庄内川橋梁の西岸であった。現在の庄内川橋梁は1958年(昭和33年)の新橋梁である。旧庄内川橋梁は現在の橋梁のすぐ下流側にあり、橋台跡が残っている。枇杷島橋駅の痕跡は残っていない。
  • 運転取扱い上はデルタ線全体が西枇杷島駅の構内であり、枇杷島分岐点はその内の信号場として扱われる。よって枇杷島橋駅跡地は西枇杷島駅の構内であるといえる。
  • 復活した西枇杷島駅もすでに拡張の限界に達している。

隣の駅[編集]

名古屋鉄道
名古屋本線
特急急行準急
通過
普通
東枇杷島駅 - 枇杷島橋駅 - 二ツ杁駅
犬山線
特急急行
通過
普通
枇杷島橋駅 - 下小田井駅

脚注[編集]

  1. ^ 『鉄道停車場一覧. 昭和12年10月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ a b 沢田幸雄 「廃止された線路を訪ねて 押切町 - 枇杷島橋間と柳橋乗入れ」(『鉄道ピクトリアル No.473 1986年12月増刊号』、p.106,電気車研究会、1986年

関連項目[編集]