松薗斉

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松薗 斉(まつぞの ひとし、1958年5月5日[1] - )は、日本の中世史研究者、愛知学院大学教授。

略歴[編集]

東京都生まれ。熊本県立熊本高等学校卒業[2]、1981年九州大学文学部国史学科卒業、1988年同大学院文学研究科博士課程満期終了退学。九州大学文学部国史学研究室、1を経て991年愛知学院大学文学部講師となり、1995年助教授、2002年教授[3]。1998年「日記の家 中世国家の記録組織」で九大博士(文学)。2018年4月より文学部長。

著書[編集]

共編著[編集]

論文[編集]

  • 「日記の家」(『九州史学』第84号、 1985)
  • 「日記の終りと出家についての一考察」(川添昭二先生還暦記念会編『日本中世史論攷』文献出版、1987)
  • 「外記日記と「日記の家」」(『九州史学』第87号, 1987)
  • 「譲状と「日記の家」-記録譲状の分析と勧修寺流藤原氏-」(『史淵』126 輯、1989)
  • 「『中右記』と「日記の家」-平安時代の日記の理解のために-」(『文学』57-6、1989)
  • 「中世神社の記録について-「日記の家」の視点から-」(『史淵』127 輯、1990)
  • 「出雲国造家の記録譲状作成の歴史的背景」(九州大学国史学研究室編『古代中世史論集』吉川弘文館、1990)
  • 「中世の女性と日記-「日記の家」の視点から-」(『金沢文庫研究』285 号、1990)
  • 「中世天皇の「家」について-「日記の家」の視点から-」(『愛知学院大学文学部紀要』21号、1992)
  • 「元永二年小野宮家記事件について-院政期の小野宮流-」(『古代文化』44-12、1992)
  • 「室町時代の天皇家について-「日記の家」の視点から-」(『年報中世史研究』18、1993)
  • 「日記の家-摂関家を中心に-」(『岩波講座日本通史7 中世1 』、1993)
  • 「日記論-平安中期の日記を中心に-」(『歴史評論』525 、1994)
  • 「中世の外記について-局務家の形成-」(『愛知学院大学人間文化研究所紀要・人間文化』9、1994)
  • 「藤原定家と日記-王朝官人としての定家-」(『愛知学院大学文学部紀要』25号、1996)
  • 「家記の構造-勧修寺流藤原氏とその日記-」(『年報中世史研究』21、1996)
  • 「武家平氏の公卿化について」(『九州史学』118.119、1997)
  • 「守覚法親王と日記-中世前期の寺家の日記の理解のために-」(阿部泰郎・山崎誠編『守覚法親王と仁和寺御流の文献学的研究』勉誠社、1998)
  • 「王朝勢力と〈情報〉-情報装置としての日記-」(『歴史学研究』729号、1999)
  • 「前右大将考-源頼朝右近衛大将任官の再検討-」(『愛知学院大学文学部紀要』30号、2001)
  • 「王朝日記“発生”についての一試論」(『日本歴史』643号、2001)
  • 「鎌倉時代の摂関家について―公事師範化の分析―」(『鎌倉遺文研究Ⅲ 鎌倉期社会と史料論』東京堂出版、2002)
  • 「中世公家と系図―『尊卑文脈』成立前後―」(歴史学研究会編『系図が語る世界史』青木書店、2002)
  • 「『大乗院寺社雑事記』に見える記録の構造」(『鎌倉仏教の思想と文化』吉川弘文館、2002)
  • 「応仁・文明の乱と山科家―その家記の保管を中心に―」(『文化史の構想』吉川弘文館、2007)
  • 「「中世天皇制」と王権―安徳天皇を素材にして―」(『年報中世史研究』28、2003)
  • 「中世の女房と日記」(『明月記研究』9、2004)
  • 「文車考-院政期「有職故実」理解の一視点-」(『院政期文化論集 第5巻 生活誌』森話社、2005)
  • 「中世女房の基礎的研究―内侍を中心に―」(『愛知学院大学文学部紀要』34、2005)
  • 「古代・中世の紀行(旅の日記)覚書」(史研究』8、2007)
  • 「治承三年のクーデターと貴族社会―花山院流と藤原基房―」(『愛知学院大学人間文化研究所紀要・人間文化』23、2008)
  • 「中世の宮家について―南北朝・室町期を中心に―」(『愛知学院大学人間文化研究所紀要・人間文化』25、2010)
  • 「中世後期の日記の特色についての覚書」(『日本研究』第44集、2011)
  • 「『看聞日記』に見える尼と尼寺」(『愛知学院大学人間文化研究所紀要・人間文化』27、2012)
  • 「室町時代の女房について―伏見宮家を中心に―」(『愛知学院大学人間文化研究所紀要・人間文化』28、2013)
  • 「藤原邦綱考-物語と古記録のはざまにて―」(『国学院雑誌』114-11、2013)
  • 「平時忠と信範―「日記の家」と武門平氏―」(元木泰雄編『中世の人物●京・鎌倉の時代編第一巻 保元・平治の乱と平氏の栄華』清文堂出版、2014)
  • 「漢文日記と随筆―『徒然草』と「日記」の世界」(荒木浩編『中世文学と隣接諸科学10 中世の随筆―成立・展開と文体』竹林舎、 2014)
  • 「戦国時代禁裏女房の基礎的研究―後土御門~後奈良天皇期の内裏女房一覧―」(『愛知学院大学文学部紀要』44、 2015)
  • 「茶会記の成立―日記・古記録学の視点から―」(倉本一宏編『日記・古記録の世界』思文閣出版、2015)
  • 「『平家物語』にみえる夢の記事はどこからきたのか」(松尾葦江編『文化現象としての源平盛衰記』笠間書院、2015)
  • 「日記に見える夢の記事の構造」(荒木浩編『夢みる日本文化のパラダイム』法蔵館、 2015)
  • 「続・戦国時代禁裏女房の基礎的研究―下級女房たちを中心に―」(『愛知学院大学人間文化研究所紀要・人間文化』30、2015)
  • 「中世の幼帝について」(『紫苑』14、2016)
  • 「室町時代禁裏女房の基礎的研究―後花園天皇の時代を中心に―」(『愛知学院大学人間文化研究所紀要・人間文化』31、2016)
  • 「前近代の日記の発生について―日記比較文化史の視点から―」(田中祐介編『日記文化から近代日本を問う』笠間書院、2017)
  • 「鎌倉時代における説話集編者の歴史認識―『沙石集』と『古今著聞集』を中心に―」(『愛知学院大学人間文化研究所紀要・人間文化』33、2018)

その他[編集]

  • 「「日記の家」について」(『日本歴史「古記録」総覧 古代中世篇』、 新人物往来社、 1989)
  • 「「日記を焼く」ということ」(『愛知学院大学人間文化研究所報』18、1992)
  • 「『日記の家』と説話作家」(山中裕編『古記録と日記』下巻、 思文閣出版、1993)
  • 「『玉葉』と『方丈記』-安元の大火をめぐって-」(『国語科通信』88、 角川書店、1993)
  • 「守覚法親王と日記-『紺表紙小双紙』作成の背景-」(平成8年度科学研究費補助金 (基盤研究AⅠ) 研究成果報告書『仁和寺文化圏と守覚法親王に関する文献学的研究』、1997)
  • 「日記を焼く」(『本郷』13号、吉川弘文館、1998)
  • 「記録の構造―王権と都市」(『国文学 解釈と教材の研究』45-7、 2000)
  • 「藤原実資-小野宮右大臣」(元木泰雄編『古代の人物6 王朝の変容と武者』清文堂、2005)
  • 「禁闕の変と〈三種の神器〉―史料から読み解く「神器」の争奪史―」(『歴史読本』53-6、2008)
  • 「藤原寧子 治天の役を見事に果たした准母 南北朝期に持明院統と実家西園寺家を守り抜いた女性」(『歴史読本』54-12、2009)
  • 「日本人と日記」(後藤致人氏と共著、『愛知学院大学人間文化研究所紀要・人間文化』26、2011)
  • 「伏見宮家の南御方―その物詣を中心に―」(『朱』55、2011)
  • 「日記の記主と「老い」―藤原宗忠を中心に―」(『日本歴史』776、2013)
  • 「日記が語る中世史 女房と日記」(倉本一宏編『日記で読む日本史1 日本人にとって日記とは何か』臨川書店、2016)
  • 「中世の古典作品にみえる女房」(松尾葦江編『ともによむ古典 中世文学編』笠間書院、2017)

脚注[編集]

  1. ^ 『現代日本人名録』2002
  2. ^ reserachmap
  3. ^ 愛知学院大学 教員情報

外部リンク[編集]