松田幸春

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松田 幸春(まつだ ゆきはる、1950年2月15日 - )は日本中央競馬会 (JRA) に所属した騎手調教助手京都府出身。旧姓は新田。

角居勝彦厩舎所属の調教助手である松田全史は息子[1]

経歴[編集]

1950年北海道生まれ(出身地は京都府)。1966年馬事公苑騎手養成長期課程を受講し、修了後の1968年4月に大久保亀冶厩舎にて騎手見習となり、1969年に同厩舎所属騎手としてデビューし、3月2日に初騎乗初勝利を挙げた。初年度は14勝を挙げ、翌年は6勝にとどまったものの、3年目となる1971年には29勝を挙げ、阪神4歳牝馬特別で初重賞勝ちを収めた。

翌年(1972年)、4月に師匠が亡くなったために大久保石松厩舎に異動。秋の第66回天皇賞では、8番人気パッシングゴールに騎乗して大逃げを打ち、最後にヤマニンウェーブに交わされたものの、2着に入る健闘を見せた。その後12月28日に、松田由太郎調教師の娘と結婚して娘婿となり、「松田」姓に改姓した。

1973年には、新たに開業した大久保正陽厩舎に異動したが、1976年に義父の厩舎に異動し、同厩舎の主戦騎手となった。この間、ディアマンテエリザベス女王杯リニアクインオークスを勝つなど、中堅騎手として活躍した。

1987年アイルランドの研修生として日本人騎手では初めて海外での騎乗を経験。騎手時代の晩年を迎えつつあった1988年、エリザベス女王杯にて6番人気のミヤマポピーに騎乗。圧倒的な1番人気のシヨノロマンハナ差退け、健在振りを示した。

1990年に義父が定年退職を迎えフリーとなったが、騎乗機会も減少し1992年2月に騎手を引退。調教助手に転じ、2011年1月まで勤めた[1]

現在は競馬ラボのサイトで毎週コラム「松田幸春の辛口競馬ジャッジ」を執筆している。

成績[編集]

通算成績 1着 2着 3着 4着以下 騎乗回数 勝率 連対率
平地 377 378 341 2,812 3,908 .097 .193
  • 初騎乗・初勝利 1969年3月2日 3回京都4日目第1レース ローレンズタークス
  • 全国最高11位(1974年・34勝)
  • 重賞競走16勝(うちGI級競走3勝)

重賞勝利[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b はじめまして松田です。(競馬ラボ、2011年2月26日)

参考文献[編集]

  • 『中央競馬年鑑』(昭和44年 - 平成5年版)(日本中央競馬会)
  • 『中央競馬騎手名鑑』(日本中央競馬会)

外部リンク[編集]