松本和那

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松本和那
まつもと かづな
生年月日 (1939-03-14) 1939年3月14日(78歳)
出生地 千葉県松戸市
出身校 明治大学
前職 マツモトキヨシ代表取締役社長・会長
所属政党 自由民主党
称号 商学士
親族 父・松本清
弟・松本南海雄
マツモトキヨシ代表取締役社長)
弟・松本鉄男
長男・松本和巳

選挙区 千葉7区
当選回数 2回
在任期間 1996年10月21日 - 2003年9月21日

選挙区 松戸市選挙区
当選回数 6回
在任期間 1975年4月23日 - 1996年10月8日
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松本 和那(まつもと かづな、男性、1939年(昭和14年)3月14日 - )は、日本政治家実業家

衆議院議員(2期)、千葉県議会議員(6期)、株式会社マツモトキヨシ会長を務めた。千葉県東葛飾郡(現:松戸市)出身。

来歴・人物[編集]

ドラッグストアチェーン大手「マツモトキヨシ」の創業者である父・松本清の長男として千葉県東葛飾郡(現:松戸市)に生まれる。明治大学商学部を卒業後、マツモトキヨシ入社。その後、同社の役職を歴任し、1975年には社長に就任する。その傍ら、同年に千葉県議会議員に初当選、6期務める。

1996年第41回衆議院議員総選挙自由民主党から千葉7区に出馬し、初当選。小渕派→橋本派に所属する。2000年加藤の乱の際には主流派閥に属しながら内閣不信任決議を欠席した。

2001年にマツモトキヨシの会長に就任。それと同時に弟である松本南海雄が社長に就任した。その後、2003年第43回衆議院議員総選挙には出馬せず2期で政界を引退。長男の松本和巳が後継候補として出馬したが、このときは内山晃に敗れて落選している。

エピソード[編集]

  • 長年に渡り、政治家と二代目社長として二足わらじを履いていた。
  • 父の創業したマツモトキヨシを三代目社長として、着実に拡大路線を進め、同社をドラッグストアチェーン最大手に築き上げたのは、長男松本和那の下で副社長を務めていた次男の松本南海雄(現社長)である。そもそも、家業を継ぐはずの長男和那が駆け落ち同然で結婚をしたため、父親の松本清に勘当された。そのため立教大学慶應義塾大学の文系学部に進学する予定だった次男南海雄が日本大学理工学部薬学科に進学することとなった。
  • 和那の息子の松本和巳も政治家になり、衆議院議員を1期務めたが、選挙違反で検挙され失脚した。

著書[編集]

  • 私がマツモトキヨシです。 - サンマーク出版