松本光一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
まつもと こういち
松本 光一
株式会社典雅 代表取締役社長 松本光一
生誕 (1967-07-31) 1967年7月31日(50歳)
日本の旗 日本 静岡県
職業 実業家

松本 光一(まつもと こういち、1967年7月31日 - )は、日本実業家。株式会社典雅(登記上の正式社名・営業上の案内には株式会社TENGAを使用)の代表取締役社長。静岡県出身。

人物・来歴[編集]

1967年生まれ。静岡県出身。

自動車整備士を志し、三菱自動車整備専門学校へ入学。

卒業後は、フェラーリやランボルギーニを扱うチューニングカーのディーラーに就職し、スーパーカーやクラシックカーの整備に携わる。

その後、中古車販売会社に勤め34歳の時にものづくりに専念する為に脱サラ。 3年間のアダルトグッズ製作期間を経て、2005年3月に有限会社 典雅を設立。

エピソード[編集]

2016年11月7日付インタビュー記事「『TENGA』を生んだ男、松本光一がその開発に至るまで」[1]によると、同氏の略歴は次の通り。

自動車整備の専門学校を卒業後、約12年間クラシックカーの整備の仕事をする。

しかし、勤めていた会社はあまり利益が出ておらず、毎月の給料という形では貰えず、本当に困ったときだけお小遣いのように少しだけお金をもらうという生活をしていた。

家賃が払えなくなって車の中で寝泊まりしたり、車の部品工場で寝泊まりしたりしていたこともあったという。

お客さんの喜ぶ顔と、いつかは報われるだろうという思いで仕事に打ち込むも、ある日偶然「あいつマジメだから、お金与えなくても仕事するんだよね」っていう会話をしていたことを知ってしまい、その会話をきっかけに会社を退職。

その後、中古車セールスの仕事に転職。

車の整備士時代の知識と経験を活かし、入社してから退社するまでずっとトップセールスマンとして活躍。

しかし、借金を返済しトップセールスマンとして生活が豊かになっていくにつれて、モノづくりをしたいという気持ちが次第に大きくなっていった。

「何を世の中に生み出したらいいのか」と考え、毎日ホームセンターやら雑貨店など、いろんな店をのぞいて研究している中、ある日入ったアダルトショップのアダルトグッズコーナーで違和感を感じる。

棚に並んでいる商品が「マスターベーションは卑猥な行為なので、よりわいせつな気持ちで使ってください」というメッセージを発していたと感じる。人の根本的な欲求なのに、特殊で卑猥なものとして表現されているのに違和感を覚え、これは明らかに間違っていると思い、「まだ世の中にはない、一般の製品としてのアダルトグッズを作ろう」と決意した。


また、2017年8月26付AbemaTIMESによると、AbemaTV『創業バカ一代』の番組の中で同氏の半生を語っているが、1日で48種類の試作品を試したエピソードとして、「だんだん年を取ってきますと、持続力が…。バイアグラのようなものを飲んで…。これは大変ですよ(笑)。朝までかかりました」と述べている。[2]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 「TENGA」を生んだ男、松本光一がその開発に至るまで | 小さな組織の未来学
  2. ^ 朝6時から深夜2時まで毎日研究! "男性の秘め事"に果敢に挑んだTENGA創業者の半生

外部リンク[編集]