松平頼路

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松平 頼路(まつだいら よりみち、寛文元年9月2日1661年10月24日) - 元禄11年10月12日1698年11月14日))は、紀州藩支藩の伊予西条藩の世嗣。初代藩主・松平頼純の次男。母は本多忠義の娘。正室は細川綱利の娘。官位は従四位下、侍従、豊後守。8代将軍徳川吉宗の従兄。

西条藩嫡子として生まれ、延宝3年(1675年)に叙任する。しかし、家督相続前の元禄11年(1698年)に早世した。代わって同母弟の頼雄が嫡子となるが、のちに父・頼純は頼雄を廃嫡し、庶出の弟・頼致を嫡子とした。