松平長勝 (松平郷松平家)

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松平 長勝(まつだいら ながかつ、生年不詳 - 明応2年10月8日1493年11月21日))は、室町時代武将。父は松平親広。通称越前守太郎左衛門。子に松平勝茂

略歴[編集]

松平親忠に使える。[1]明応2年10月13日、上野・挙母・寺部・八草の敵三千が岩津城を襲おうとし、主君親忠は兵を出したが、長勝は先陣に進み討死した[1]法名源心。墓所は晴暗寺(愛知県豊田市[2]

参考文献[編集]

  • 『寛政重修諸家譜第1輯』(国民図書、1922年、200p)

脚注[編集]

  1. ^ a b 国民図書 1922, p. 200.
  2. ^ 松平郷松平家”. 2022年9月22日閲覧。

外部リンク[編集]