松平親信

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松平親信

松平 親信(まつだいら ちかのぶ、1875年明治8年)12月21日[1] - 1914年大正3年)12月18日[1][2])は、明治・大正期の政治家華族貴族院子爵議員。幼名・龍若[1][3][4]

経歴[編集]

杵築藩松平親貴の長男として生まれる[1][3][5]。父の死去に伴い1882年10月12日に家督を継承し親信と改名[1][3][4]1884年7月8日に子爵を叙爵した[6]

学習院高等科を経て、1900年東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業し、さらに同大学院を修了した[1][4]浅草区教育会長を務めた[4]

1906年2月、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[7]、死去するまで在任した[2]

1914年12月、東京市四谷区浅草北三筋町の自宅で病のため死去した[5]

親族[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 『平成新修旧華族家系大成』下巻、635-636頁。
  2. ^ a b 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』56頁。
  3. ^ a b c 『人事興信録』第3版、ま73頁。
  4. ^ a b c d e f g h i j 『華族畫報』上、324頁。
  5. ^ a b 『大正過去帳』54頁。
  6. ^ 『官報』第308号、明治17年7月9日。
  7. ^ 『官報』第6782号、明治39年2月10日。

参考文献[編集]

  • 杉謙二編『華族畫報』上、吉川弘文館、2011年(華族画報社大正2年刊の複製)。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』下巻、霞会館、1996年。
  • 『大正過去帳 物故人名辞典』東京美術、1973年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第3版、1911年。


日本の爵位
先代:
叙爵
子爵
杵築能見松平家初代
1884年 - 1914年
次代:
松平親義