松平永兼

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

松平 永兼(まつだいら ながかね、天正8年(1580年) - 元和5年6月10日1619年7月20日))は、戸田松平家信濃国松本藩の嫡子。戸田氏嫡流である松平康長の長男。母は久松俊勝の娘・松姫。幼名は虎松、通称は孫六郎。信州松本神社で祭神の一柱の暘谷(ようこく)として祀られている。

文禄元年(1592年)に元服し、伯父徳川家康より越中国則重の刀を賜った。しかし、家督を相続することなく元和5年(1619年)に没した。戒名は劫岩玄永壽昌院。

代わって次弟の忠光が嫡子となった。