松平定輝

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松平定輝
時代 江戸時代中期
生誕 宝永元年(1704年
死没 享保10年10月1日1725年11月5日
戒名 玄万院殿松誉月峯了智大居士
官位 従五位下日向守
幕府 江戸幕府
主君 徳川吉宗
越後高田藩
氏族 久松松平家定勝
父母 父:松平定逵、母:烏丸光雄
兄弟 定輝定倫、幾姫ら
養兄弟:千賀姫
正室:浅野吉長
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松平 定輝(まつだいら さだてる)は、江戸時代中期の大名越後国高田藩3代藩主。定綱系久松松平家5代。官位従五位下日向守

略歴[編集]

2代藩主・松平定逵の次男。母は烏丸光雄の娘。

享保3年(1718年)、父の死去により跡を継ぎ、同時に叙任する。享保10年(1725年)、越後質地騒動を鎮圧したが、同年10月1日に死去した。享年22。

跡を叔父・定儀が継いだ。法号は玄万院殿松誉月峯了智大居士。