松平信有

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松平信有
時代 江戸時代中期
生誕 享保16年9月10日1731年10月10日
死没 寛政5年6月19日1793年7月26日
改名 徳川豊松(幼名)→松平信有
別名 勘解由
戒名 松岳院殿泰得恵秀大居士
墓所 東京都新宿区富久町の自證院
官位 従四位下、侍従民部大輔、左兵衛督
幕府 江戸幕府
上野吉井藩
氏族 紀州徳川家鷹司松平家
父母 父:徳川宗直、母:入江氏
養父:松平信友
兄弟 徳川宗将徳川治貞、松平頼央、松平信有、富千代、内藤貞幹
正室:松平長孝の娘
信成房矩房堅辰五郎繁次
養子:信明

松平 信有(まつだいら のぶあり)は、上野吉井藩の第3代藩主。鷹司松平家第5代当主。

生涯[編集]

享保16年(1731年)、紀州藩徳川宗直の四男として生まれる。

宝暦10年(1760年)4月24日、養父松平信友の死去により、その養嗣子として跡を継いだ。同年7月18日、従四位侍従・民部大輔に叙任する。

明和8年(1771年)12月4日、養嗣子の信明(信友の実子)に家督を譲って隠居した。寛政5年(1793年)6月19日、死去。享年63。