松平信充

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松平信充
時代 江戸時代中期 - 後期
生誕 安永4年(1775年
死没 享和3年2月9日1803年3月31日
改名 千之進(幼名)→信充
戒名 大智院殿広観恵性大居士
墓所 東京都新宿区富久町の自證院
官位 大蔵大輔、左兵衛督従四位下、侍従
幕府 江戸幕府
上野吉井藩
氏族 鷹司松平家
父母 父:松平信明、養父:松平信成
正室:鷹司政煕の娘
養子:信敬

松平 信充(まつだいら のぶみつ)は、上野吉井藩の第6代藩主鷹司松平家8代。

安永4年(1775年)、第4代藩主・松平信明の次男として生まれる(一説に安永2年(1773年)9月20日とも)。

寛政元年(1789年)に第5代藩主・松平信成の養子となる。寛政4年4月1日、将軍徳川家斉に拝謁する。寛政5年(1793年)12月16日、従四位下大蔵大輔に叙任する。後に左兵衛督に改める。寛政12年(1800年)2月13日、養父信成の隠居にともない家督を継いだ。同年12月16日、侍従に任官した。しかし3年後の享和3年(1803年)2月9日に死去した。享年29。

跡を養子の信敬が継いだ。