松平信任

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松平信任
時代 江戸時代後期
生誕 文政9年(1826年
死没 弘化4年5月10日1847年6月22日
改名 意之丞(幼名)→信任
戒名 浄光院殿日曜諦明大居士
墓所 東京都新宿区富久町の自證院
官位 従四位下、侍従左兵衛督
幕府 江戸幕府
上野吉井藩
氏族 鷹司松平家
父母 父:松平房府、養父:松平信敬
正室:鋭姫松平信敬の娘)
養子:信発養女松平信敬の娘、松平信発正室)

松平 信任(まつだいら のぶただ)は、上野吉井藩の第8代藩主。鷹司松平家10代。

文政9年(1826年)、松平房府(第6代藩主・松平信成の次男)の長男として生まれる。天保12年(1841年)7月6日、叔父で第7代藩主の信敬が死去したため、その婿養子として家督を継いだ。同年7月28日、将軍徳川家慶に拝謁する。同年12月16日、従四位侍従・左兵衛督に叙任する。

弘化4年(1847年)5月10日に死去した。享年22。跡を養子の信発が継いだ。