松崎秀昭
ナビゲーションに移動
検索に移動
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | 熊本県 |
| 生年月日 | 1966年5月1日(52歳) |
| 身長 体重 |
179 cm 74 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1984年 ドラフト4位 |
| 初出場 | 1986年4月23日 |
| 最終出場 | 1989年 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について
| |
松崎 秀昭(まつざき ひであき、1966年5月1日 - )は、熊本県出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
来歴・人物[編集]
熊本市立帯山中学校軟式野球部に在籍、1981年・第3回全国中学校軟式野球大会の同校優勝に投手として貢献する。
翌1982年熊本・鎮西高等学校に進学。1984年夏の甲子園にエースとして出場。準決勝に進むが取手二高の石田文樹らに抑えられ大敗[1]。1年下のチームメートに中堅手の山野和明がいた。
同年ドラフト4位で南海ホークスに入団。1986年に一軍に上がり、1989年には5試合に中継ぎとして登板するが、その後は登板機会に恵まれず、1990年限りで現役引退。
中学生当時から特徴的なフォームのアンダースローで、全国大会でノーヒットノーランを記録している。しかし甲子園ではフォームが変則的で二段モーションとみなされるおそれがあるとして、球審から注意を受けている。スライダー、シュート、カーブ、シンカーを武器とした。
現役引退後は妻の家業を手伝うなどしていたが、後に井手らっきょが主宰するPBAでコーチを務めている。
詳細情報[編集]
年度別投手成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1986 | 南海 ダイエー |
3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 16 | 4.0 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 3 | 2 | 4.50 | 1.00 |
| 1988 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 9 | 2.1 | 3 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 3.86 | 1.29 | |
| 1989 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 45 | 8.0 | 12 | 0 | 6 | 0 | 2 | 3 | 0 | 0 | 9 | 7 | 7.88 | 2.25 | |
| 通算:3年 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 70 | 14.1 | 19 | 2 | 6 | 0 | 2 | 5 | 0 | 0 | 13 | 10 | 6.28 | 1.74 | |
- 南海(南海ホークス)は、1989年にダイエー(福岡ダイエーホークス)に球団名を変更
記録[編集]
- 初登板 1986年4月23日ロッテ戦(川崎)0-9 3回2死から2番手として登板、1/3回無失点。
背番号[編集]
- 46 (1985年 - 1990年)
脚注[編集]
- ^ 「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年
関連項目[編集]
| ||||