松崎啄也

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松崎 啄也
鹿沼39 #5
Giants matsuzaki69.JPG
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 栃木県[1]鹿沼市[2]
生年月日 (1992-01-20) 1992年1月20日(27歳)
身長
体重
174[3] cm
90[3] kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手一塁手
プロ入り 2015年 ドラフト8位[3]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

松崎 啄也(まつざき たくや、1992年1月20日 - )は、栃木県鹿沼市出身の元プロ野球選手捕手一塁手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

鹿沼市立菊沢東小学校の2年次より菊東スポーツで野球を始め、鹿沼市立北中学校に在学時は鹿沼ボーイズに所属した[2]

作新学院高等学校では3年次の夏に4番として活躍し、第91回全国高等学校野球選手権大会に同高は31年ぶりの甲子園出場を果たした[2]。同大会の1回戦で長野日大に敗れるものの、4番捕手で先発出場して、3安打1打点の成績を残した[4]

作新学院大学に進学後、2014年、日本製紙石巻に入社した。捕手として所属していたが、2015年は主に一塁手での出場が多かった[2]

2015年10月22日、ドラフト会議において読売ジャイアンツに8位指名を受けて入団。背番号は「69」で[5]、契約金は3,000万円、年俸は800万円と推定される[2]内野手として指名されたが、本職の捕手として選手登録されることとなった。

プロ入り後[編集]

2016年は二軍で5試合に出場し、3安打1打点、打率は.214だった。

2017年も一軍昇格はなく、10月28日に自由契約になることが発表された[6]。戦力外通告の選手とは別で発表されており、育成選手として再契約の提示がなされると報道された[7]。この時の交渉については発表されていないが11月15日マツダスタジアムで開かれた12球団合同トライアウトへ参加し、シートバッティング形式による対戦で、5人の投手に対して四球を1つ選ぶも他は0安打3三振という結果に終わり[8]、他球団から声がかかることはなかった[9]

現役引退後[編集]

地元鹿沼市社会人野球チーム・鹿沼39が仲介し、2018年1月22日より鹿沼市役所の非常勤職員として勤務しながら公務員試験の受験を目指すこととなった[9]。将来的には高校や大学でコーチ業に携わりたいと語っている[9]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

  • 一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 69 (2016年 - 2017年)[3]

登場曲[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 選手・スタッフ紹介”. 日本製紙 石巻硬式野球部. 2015年11月22日閲覧。
  2. ^ a b c d e 【巨人】ドラ8松崎が仮契約!背番号は「69」”. スポーツ報知 (2015年11月13日). 2015年12月12日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h “作新大出の松崎巨人と入団合意”. 下野新聞(朝刊). 共同通信 (下野新聞社): p. 15. (2015年11月14日) 
  4. ^ 長野日大 対 作新学院”. 日刊スポーツ (2009年8月11日). 2015年12月12日閲覧。
  5. ^ この背番号はかつて、同じ栃木県出身の寺内崇幸が2007年に1年間だけ背負った。
  6. ^ 自由契約通知について読売巨人軍公式サイト
  7. ^ “巨人が堂上、育成の川相らを戦力外”. SANSPO.COM. (2017年10月28日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20171028/gia17102817220004-n1.html 2018年2月6日閲覧。 
  8. ^ “【速報】トライアウト2017”. BASEBALL KING. (2017年11月15日). http://baseballking.jp/ns/138236 2018年2月6日閲覧。 
  9. ^ a b c “元巨人の松崎さん、地元市役所の非常勤職員に 鹿沼出身、作新大出”. 下野新聞. (2018年1月31日). http://www.shimotsuke.co.jp/category/life/personality/news/20180131/2951656 2018年2月6日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]