松岡辰郎

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まつおか たつろう
松岡 辰郎
生年月日 1904年
没年月日 1974年8月12日
出生地 日本の旗 日本山梨県
死没地 日本の旗 日本兵庫県西宮市武庫川町1-1
職業 実業家映画プロデューサー
ジャンル 映画
活動期間 1930年 - 1974年
配偶者 松岡節子
事務所 東宝

松岡 辰郎(まつおか たつろう、1904年 - 1974年8月12日)は9代目東宝代表取締役社長コマ・スタジアム代表取締役社長松岡汽船代表取締役社長映画団体産業連合会長日本映画製作者連盟理事長日本演劇興行協会会長日本経済団体連合会常任理事、東京商工会議所常任委員。山梨県出身。

経歴[編集]

東宝の創業者・小林一三の次男として生まれる。1930年に慶応義塾大学を卒業と同時に松岡汽船の創業者・松岡潤吉の娘・松岡節子と結婚し松岡家の養子となる。松岡汽船の役員をはじめ、阪急百貨店取締役を歴任。1951年に義父・潤吉が亡くなり松岡汽船代表取締役社長に就任。1957年には父・一三と兄の小林冨佐雄が亡くなり阪急グループの総帥となる。主に興行部門を中心に活躍。帝国劇場代表取締役社長等を歴任。1957年3月には梅田コマ・スタジアム代表取締役社長1958年3月に新宿コマ・スタジアム代表取締役社長を経て1964年8月に両スタジアムを合併しコマ・スタジアム初代代表取締役社長に就任。1966年に東宝代表取締役会長を経て、1967年には清水雅と交代で同社の代表取締役社長に就任。1969年には雨宮恒之らと共に東宝専属映画監督との契約を終了及び制作本数を絞り、大作を重点的に製作するなどと云った方針を打ち出す経営合理化の対応に当たった。

1974年8月12日午後2時48分、胃腫瘍のため兵庫県西宮市兵庫医科大学病院で死去(享年69歳)[1][2][3]

家族[編集]

  • 小林一三(父親・阪急電鉄/百貨店・東宝創設者)
  • 松岡潤吉(義父・松岡汽船創業者)
  • 小林冨佐雄(兄・5,7代目東宝代表取締役社長)
  • 小林米三(弟・京阪神急行電鉄代表取締役社長)
  • 小林喜美(長女・小林米三の養女となり、小林公平(旧姓三村。小林家に婿養子となる。阪急電鉄社長)と結婚。
  • 松岡通夫(長男・松岡汽船代表取締役社長)
  • 松岡功(次男・11代目東宝代表取締役社長)
  • 松岡修造(孫【次男・功の次男】・テニスプレイヤー)

脚注[編集]

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  1. ^ 東宝社長の松岡辰郎さん死去朝日新聞1974年8月12日夕刊9面
  2. ^ 東宝社長の松岡辰郎さん死去毎日新聞1974年8月12日夕刊7面
  3. ^ 東宝社長の松岡辰郎さん死去読売新聞1974年8月12日夕刊7面