松岡均平

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松岡均平

松岡 均平(まつおか きんぺい、1876年11月28日 - 1960年6月10日)は、法学博士男爵松岡康毅の長男。男爵、貴族院議員。東京帝国大学法科教授

略歴[編集]

  • 1894年(明治27年):東京府立尋常中学校卒業。一高入学。
  • 1900年(明治33年):東京帝国大学法科大学政治学科卒業
  • 1901年(明治34年):文部省嘱託。1903年12月、帝大法科大学助教授就任。
  • 1909年(明治42年):帝大法科経済学第5講座分担。その間、欧米に公費・私費留学。
  • 1910年(明治43年):東京帝大法科教授就任。1911年から1921年まで、満鉄東亜経済調査局長。
  • 1919年(大正8年):帝大経済学部教授就任。 
  • 1922年(大正11年):拓殖大学学監就任。1924年同辞任。
  • 1924年(大正13年):1947年5月まで貴族院議員。1940年から1946年まで協調会副会長。

栄典[編集]

親族[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第5398号「宮廷録事」1945年1月16日。
  2. ^ a b c d 『平成新修旧華族家系大成』下巻、574頁。

参考文献[編集]


学職
先代:
新渡戸稲造
拓殖大学学監
第3代: 1922年 - 1924年
次代:
小川郷太郎
日本の爵位
先代:
松岡康毅
男爵
松岡(康毅)家第2代
1924年 - 1947年
次代:
華族制度廃止