松前城 (伊予国)

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松前城
愛媛県
別名 正木城
城郭構造 平城
天守構造 不明
築城主 不明
主な改修者 今田氏大森氏河野氏粟野氏加藤氏
指定文化財 なし

松前城(まさきじょう)は伊予国伊予郡愛媛県伊予郡松前町)にあった日本の城

概要[編集]

築城年月は不明。 南北朝時代には、大森彦七らが城主になった。 戦国時代には河野氏の拠点の一つであったが、天正13年(1585年豊臣秀吉四国征伐で、河野通直は敗れ、松前城は粟野秀用が城主となった。 しかし、粟野秀用は、豊臣秀次事件に連座し除封され、文禄4年(1595年)、加藤嘉明が城主となった。 慶長5年(1600年関ヶ原の戦いでは、加藤嘉明は、東軍に従い城を留守としていたが、西軍の毛利軍と、河野氏の残党が松前城を襲ったが、佃十成らが撃退した(三津浜夜襲)。

戦後、慶長8年(1603年)に嘉明は、松山城に移ったため、城は廃城となった。

関連項目[編集]