松井忠三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

松井 忠三(まつい ただみつ、1949年5月13日 - )は日本実業家良品計画代表取締役社長や、同社代表取締役会長、りそなホールディングス取締役指名委員会委員長日本取締役協会副会長などを務めた。

人物・経歴[編集]

静岡県韮山町(現伊豆の国市)の韮山反射炉近くの農家の長男として生まれた[1]。1968年静岡県立韮山高等学校卒業。1973年東京教育大学体育学部卒業[2]。大学在学中は日本の学生運動中核派に所属し、1969年には沖縄返還を求めて警視庁機動隊と衝突し、新橋駅高架上で逮捕され高輪警察署勾留された。教員志望で静岡県立高等学校教員の採用試験を受験したが、二次試験の面接で不合格となる[3][4]

大学卒業後は、唯一受かった西友ストアー(現西友)に入社し、富士見ヶ丘店家庭用品売り場に配属された。1976年西友人事部厚生課に異動[5]。長く西友人事部に勤務したが、1991年に左遷人事により西友子会社良品計画総務人事課長として出向となる。1992年に良品計画に転籍し部長に昇格[6][7][8]。1993年良品計画取締役総務人事部長。1994年良品計画取締役無印良品事業部長[9]。1997年良品計画常務取締役。1999年良品計画専務取締役。2001年アール・ケイ・トラック取締役[2]

木内政雄取締役会長の指名を受け、創業以来初の経常減益となり、セゾングループ消滅の年ともなった2001年から良品計画代表取締役社長を務め、リストラなどを進め、3期連続の過去最高益を実現した2008年に代表取締役会長に退いた[10][11][12]。2009年ムジ・ネット代表取締役社長[2]。同年肺がんが見つかり手術を受けた[13]

2010年T&T(現松井オフィス)代表取締役社長。2013年りそな銀行取締役。2013年アダストリアホールディングス(現アダストリア)取締役。2014年りそなホールディングス取締役。2014年大戸屋ホールディングス取締役。2015年ネクステージ取締役。2016年サダマツ(現フェスタリアホールディングス)取締役。2017年りそなホールディングス取締役指名委員会委員長[2]

脚注[編集]

  1. ^ 松井忠三(2)農家に育つ 真面目な父と合理的な母 総出で田植え 跡取りを自覚 2018/2/2 6:00日本経済新聞 朝刊
  2. ^ a b c d 「取締役の略歴」りそなホールディングス
  3. ^ 松井忠三(1)逮捕 どん底からの社長業 社風に物申す まさかの就任 2018/2/1 6:00日本経済新聞 朝刊
  4. ^ 「松井忠三(11)就職試験 教師の夢絶たれ小売業へ 「君の志望動機は希薄だね」 」2018/2/12 6:00日本経済新聞 朝刊
  5. ^ 「松井忠三(15)無印良品誕生 主婦の声で生まれた商品 ノーブランドの印象 払拭 」2018/2/16 6:00日本経済新聞 
  6. ^ 「経営者インタビュー 松井忠三氏(株式会社良品計画 名誉顧問) Vol.1」経営ノート
  7. ^ 「松井忠三(16)良品計画出向 課長でも会社変えられる 資格制度を新設 組合を説得 」2018/2/17 6:00日本経済新聞 朝刊
  8. ^ 「役員紹介」株式会社松井オフィス
  9. ^ 「松井忠三・良品計画会長に聞く「無印ブランドの立て直しと再成長」」経済界2014年8月26日
  10. ^ 経営者インタビュー 松井忠三氏(株式会社良品計画 名誉顧問) Vol.2経営ノート
  11. ^ 「良品計画社長に金井氏、松井氏、代表権ある会長に」2008/01/11, 日経MJ(流通新聞)
  12. ^ 「松井忠三(21)社長就任 会長の硬い表情に腹括る 初の株主総会は怒号の嵐 」2018/2/22付日本経済新聞
  13. ^ (私の履歴書)松井忠三(26)がん 治癒まで妻以外に秘密 「社長業は命と引き換えか」2018/2/27付日本経済新聞 朝刊
先代:
有賀馨
良品計画社長
2001年 - 2008年
次代:
金井政明
先代:
木内政雄
良品計画会長
2008年 - 2015年
次代:
金井政明