東雲 (東雲型駆逐艦)

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艦歴
計画 1896年度[1]
起工 1897年10月[1]
進水 1898年12月14日[1]
就役 1899年2月1日[1]
その後 1905年12月12日駆逐艦に種別変更[1]
1912年8月28日三等駆逐艦[1]
1913年7月23日船体切断沈没[1]
除籍 1913年8月6日[1]
売却 1913年11月29日[1]
性能諸元
排水量 常備:322トン
全長 63.6m
全幅 6.0m
吃水 1.7 m[2]
機関 2軸推進、5,475shp
最大速力 30ノット
航続距離
乗員 58人[3]
兵装 8.0cm単装砲1基
57mm単装砲5基
45cm水上発射管2門

東雲(しののめ)は、大日本帝国海軍駆逐艦で、東雲型駆逐艦ネームシップである。同名艦に吹雪型駆逐艦(特I型)の「東雲」があるため、こちらは「東雲(初代)」や「東雲I」などと表記される。

艦歴[編集]

1899年2月1日、イギリスソーニクロフト社で竣工し、水雷艇(駆逐艇)に類別[1]。同年4月15日、横須賀に到着[1]1900年6月22日、軍艦に編入され、駆逐艦に類別[1]

1904年日露戦争が勃発した際には第1艦隊第3駆逐隊に所属していた[4]旅順口攻撃黄海海戦日本海海戦などに参加した[1][4]

1913年7月20日、淡水から馬公に回航の途中、安平港北西沖で暴風のため座礁[1]。同年7月23日、船体切断し沈没。同年8月6日、除籍。同年11月29日、沈没のまま売却[1]

艦長[編集]

※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。

艦長
  • 磯部謙 少佐:1900年6月22日 - 1902年9月4日
  • 吉田孟子 大尉:1903年12月11日 - 1905年6月14日
  • 森本義寛 大尉:1905年6月14日 - 12月12日
駆逐艦長
  • 森本義寛 少佐:1905年12月12日 - 1906年1月25日
  • (兼)森駿蔵 少佐:1906年1月25日 - 4月1日
  • 柴内豪吉 大尉:1906年4月1日 - 1907年9月28日
  • 鮫島香 大尉:1907年9月28日 - 1908年2月1日
  • 伊東真三郎 大尉:1908年2月1日 - 5月16日
  • 野田為良 大尉:1908年5月16日 - 12月23日
  • (兼)酒井重之助 大尉:1908年12月23日 - 1909年2月1日
  • 岡田政次郎 大尉:1909年2月1日 - 12月1日
  • 中村熊三 大尉:1909年12月1日 - 1911年4月1日
  • (兼)松平胖 大尉:1911年4月1日 - 4月17日
  • 山田虎雄 大尉:1911年4月17日 - 1912年7月13日
  • 野村与一 大尉:1912年7月13日 - 1913年1月8日
  • 白木豊 大尉:1913年1月8日 - 不詳

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『日本海軍史』第7巻、285頁。
  2. ^ 『日本海軍史』第7巻、182頁。
  3. ^ 『写真日本海軍全艦艇史』資料編「主要艦艇要目表」51頁。
  4. ^ a b 『聯合艦隊軍艦銘銘伝』普及版、263頁。

参考文献[編集]

  • 福井靜夫『写真日本海軍全艦艇史 Fukui Shizuo Collection』資料編、KKベストセラーズ、1994年。
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』普及版、光人社、2003年。

関連項目[編集]