東家浦太郎

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東家 浦太郎(あずまや うらたろう)は、浪曲名跡

初代[編集]

東家 浦太郎1919年12月24日 - 2004年7月15日東京都東京市本郷区駒込出身。本名は相馬清。昭和の浪曲最後の隆盛期に活躍。木村若衛天中軒雲月松平国十郎とともに四天王と呼ばれた浪曲師。現在において、胴声の最後の名人である。

受賞[編集]

得意演目[編集]

  • 「野狐三次」
  • 「夕立勘五郎」等。

関連書[編集]

  • 芝清之編『東家浦太郎関東節ひとすじ : 芸談・出演日誌 昭和九年~昭和五十六年』浪曲編集部、1994年。JP番号 94053742

2代目[編集]

東家 浦太郎1942年11月15日[1] - ) 千葉県匝瑳郡野栄町(今の匝瑳市)出身。本名は太田清[1]。荒川区立一中学校卒業[1]。 節真似も得意で様々な節をこなし、「節のデパート」の異名をとる。テーブル掛けは、得意演題からの「浅草観音に捨て子された野狐三次」。多くの浪曲教室で教える。東京・金町で後援会が毎月入場無料で開く「浦太郎の会」は370回(足かけ30年)を超え、特筆される。

受賞[編集]

得意演目[編集]

  • 「野狐三次」
  • 「義士伝」他多数

弟子[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c 『テレビ・タレント人名事典(第6版)』 日外アソシエーツ、2004年6月、40頁。ISBN 978-4-8169-1852-0