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東南アジア大陸部言語連合

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東南アジア大陸部言語連合 (とうなんあじあたいりくぶげんごれんごう、: Mainland Southeast Asia linguistic area) は、言語連合の一つであり、東南アジア大陸部(カンボジアラオスタイミャンマーベトナム、及び長江以南の中国[1]に分布する一群の言語を指す。

東南アジア大陸部における言語集団の分布

概要

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東南アジア大陸部には、以下の語族に属する言語が見られる。[2]

こうした系統上の多様性にもかかわらず、同地域の言語には一定の類型的な共通性が認められる[3]

この地域で話される言語の類似性は、マックス・ミュラーをはじめとする19世紀比較言語学者により既に知られていた[4]オーガスタス・ヘンリー・キーン英語版の「インド・シナ語族 (Indo-Chinese)」は、現在のトランス・ヒマラヤ語族に加えて、クラ・ダイ語族フモン・ミエン語族を含むものであったが[4]、今日ではこれら3語族は別系統の言語と見做されている (シナ・チベット語族#研究史も参照)。この定説に従えば、同地域の言語に見られる類似は、共通の祖語の存在よりもむしろ、長年の言語接触を通した語彙の借用や音韻・文法構造の収斂という観点から解釈されることになる。

ニコライ・トルベツコイバルカン地域をモデルに提唱した「言語連合」の概念を初めて明示的に東南アジア大陸部へと適用したのはAlieva (1984) である[5][6]。Alievaは他のオーストロネシア語族には見られないが、ベトナム語クメール語タイ語とは共通するチャム語の特質に着目し、この言語が他言語との接触を経て被った変化として以下のものを挙げている[5][6]

もっとも、この地域の言語が構造的に全く均一であるわけではない。ラーオ語の記述や東南アジアの地域類型論的研究に取り組んできたニック・エンフィールドは、対立する2つの「東南アジア言語」観を以下のように描写している[7]

The national languages of the area are the better-described and better-known languages, and they happen to share many typological features that characterize Thai, such as a tendency for monosyllabicity, a lack of productive affixation, and an elaborate numeral classifier system. [...] If, for example, one’s earliest and most in-depth work on MSEA languages was on Lao (as is the case with the present author), then languages like Lao and Thai would seem typical. [...] Another viewpoint [...] is that a typical MSEA language lacks lexical tone, has complex phonotactics including syllable-initial consonant clusters, and has productive derivational morphology, quite a contrast from the oft-cited set of features of MSEA languages. (Enfield 2018: 234-235)

この地域における国語は記述も多く、詳細がよく知られているが、そうした言語の間では、[例えば]タイ語を特徴付ける単音節性・生産的な接辞の欠如・複雑な助数詞体系といった、数多くの類型論的特質が共有されている。[...] 著者のように、大陸部東南アジア諸言語に関するキャリアの最初期の最も総合的な著作が、ラーオ語の文法書である者にとっては、ラーオ語やタイ語が典型的な言語のように思われる。それとは別に、典型的な大陸部東南アジア諸語は、語の区別に関わる声調を欠いており、音節初頭の子音連結のような複雑な音素配列や、生産的な派生形態論を備えているという観点もある。後者の観点は、大陸部東南アジアの特質としてしばしば挙げられるものとはかなり対照的である。(試訳)

ベトナム語を除くオーストロアジア語族においては、基本的に声調の対立が見られない一方[8]、様々な文法的機能を持った接頭辞接尾辞接中辞を生産的に用いている言語も少なくない[9]。また、中国語ベトナム語のような「典型的」な東南アジア語の間でも、その文法的差異は無視できるものではない[10]

音声・音韻

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東南アジア大陸部言語連合を特徴付ける音声学的・音韻論的性質としては、次のようなものがある[11]

一音節半

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東南アジア大陸部の言語では、しばしば音節の前で「軽く」発音される要素が現れる。以下はビルマ語におけるその例である[12]

  • စကား [zəɡá]「言語」
  • နဂါး [nəɡá]ナーガ

ビルマ語の「軽音節」は単独で用いられることがなく、声調の区別が無く、母音も[ə]のように発音されるのみである[12]

音節の前にこのような「軽い」音節が出現する語の音韻的構造を、ジェイムズ・マティソフ一音節半語 (sesquisyllable) と呼んでいる[13][14]。なお、マティソフは、クメール語子音連結を一音節半の例示に用いている。

  • [psaa]「市場」
  • [ckaɛ]「犬」

類似した現象に幅広く適用されている「一音節半」であるが、エンフィールドは狭義の「一音節半」を「音韻的には/CC/なのに、音声的には[CǝC]として実現される子音連結で始まる音節」と規定している[15]。Enfieldが挙げるのはベトナム語と近縁なクリー語 (オーストロアジア語族)英語版の例である。

  • /cakaaŋ/ [cakaːŋ]「手で長さを測る」
  • /ckaaŋ/ [cǝkaːŋ]スパン

ここで狭義の「一音節半」に該当するのは/ckaaŋ/ [cǝkaːŋ]である[15]

声調・レジスター

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声調 (tone) は意味の区別に関わるピッチのパターンを指す一方、レジスター (音韻論)英語版は、きしみ声息漏れ声といった発声様式における対立を指す。漢語をはじめとする「東南アジア」の声調言語では、4つから6つの声調を持つものが多い[16]。例えば、官話では軽声を除いて4つ、広東語では6つの声調を区別する[17]。一方、レジスターの区別は非声調言語のオーストロアジア語族にしばしば認められるほか、ベトナム語ビルマ語フモン語のような声調言語においても、特定の声調カテゴリーがきしみ声息漏れ声を伴って実現されるのは珍しくない。

クリー語 (オーストロアジア語族)英語版

  • /ciinʔH/ [ci̤ːnˀ]「九」
  • /ciinʔL/ [ceɪ̠ːnˀ]「調理済みの」[18]

白フモン語

  • tob [toː˥˥]「深い」
  • toj [toː˥˨]「丘」
  • tov [toː˨˦]「水を加える」
  • tos [toː˨˨]「待つ」
  • to [toː˧˧]「貫通させる」
  • tog [to̤˦˨]「沈める」
  • tom [toʔ˨˩]「そこ」[19]

東南アジアをはじめとする諸言語において声調の出現をもたらした音変化声調発生と呼ばれる。声調発生の典型例は、頭子音における有声性の消失に伴って、後続する母音のピッチが弁別的と成るものである[20]

形態・統語・意味

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東南アジア大陸部の言語は、形態論統語論意味論において、しばしば以下のような特徴を示す[21]

語順

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大陸部東南アジアの言語は、基本的に動詞-目的語型の語順を取る。目的語-動詞型の語順は、カレン諸語を除くチベット・ビルマ諸語に観察される[22]

(1)    タイ語 (クラ・ダイ語族)
maeː  hên  khon  nan. 
母  見る  人  その 
「母はその人を見た。」
(2)    フモン語 (フモン・ミエン語族)
Tus  dev  tom  tus  npua. 
類別詞  犬  噛む  類別詞  豚 
「犬が豚を噛んだ。」
(3)    広東語 (シナ語派)
Kéuih  ngoi  ngóh. 
三人称単数  愛する  一人称 
「彼/彼女は私を愛している。」
(4)    Ngeq語英語版 (オーストロアジア語族)
tənɡaj trənau  kau  jɔ’  təlaat. 
明日  一人称単数  行く  市場 
「明日、私は市場に行く。」
(5)    東部口語チャム語 (オーストロネシア語族) [23]
(ɲu)  wah  kan  prɔ̆ŋ 
三人称  釣る  魚  大きい 
「(彼は) 大きな魚を釣った。」
(6)    ラフ語 (チベット・ビルマ語派・ロロ諸語) [24]
yɔ̂  yɛ̀  te  chɛ̂ ve. 
三人称単数  家  作る  進行相 
「彼は家を建てている。」
(7)    東部ポー・カレン語 (チベット・ビルマ語派・カレン諸語) [25]
θàʔwà  pɔ̄  láiʔàʊ 
ターワー (人名)  読む  本 
「ターワーは本を読んだ。」

もっとも主語以外のが (しばしば専用の小辞を伴って) 話題化焦点化した場合は、通常と異なる語順が現れうる (中国語の場合、OSVなど)。

中国語 (官話)

(8)

這本書

この本

看過

読んだことがある

一邊

一回

這本書 我 看過 一邊

この本 私 読んだことがある 一回

「この本は一回読んだことがあります。」

東部ポー・カレン語 [26]

(9)

ʔáɴ

食べる

kʊ́

菓子

kənī

(限定)

həkhwâ

lɔ̂

(断定)

ʔáɴ kʊ́ kənī həkhwâ lɔ̂

食べる 菓子 (限定) 男 (断定)

「男だけが歌詞を食べた。」

動詞連続構文

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複数の動詞が同一節内で連結標識を伴わず単一の述語と成る構文は動詞連続構文と呼ばれる。

アカ語 (チベット・ビルマ語派・ロロ諸語) [27]

(10)

àjɔ̀q

3

àzàq

打つ

sɛ̀q

死ぬ

mɛ́

文末助詞

àjɔ̀q àzàq dì sɛ̀q mɛ́

3 豚 打つ 死ぬ 文末助詞

「彼は豚を屠る。」

ラーオ語では、6つの動詞を含む連続も可能である[28]

ラーオ語

(11)

paj3

行く

qaw3

つかむ

sùa1

マットレス

long2

降りる

maa2

来る

puu3

横たえる

haj5

与える

nik1

ニック

paj3 qaw3 sùa1 long2 maa2 puu3 haj5 nik1

行く つかむ マットレス 降りる 来る 横たえる 与える ニック

「ニックのためにマットレスを取りに行って置いておく」

数詞類別詞

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通言語的には名詞類別詞数詞類別詞は異なるカテゴリーに属しうる一方、東南アジア大陸部の言語に関してはその限りでない[29]。例えば、広東語フモン語では、類別詞が数詞を伴わずに単独で名詞に付くことができる[30]。なお、数詞を伴う際は類別詞の使用が義務的となる[31][32]

フモン語

(12)

ib

tus

CL

tub

txiv

送る

ib tus tub txiv

一 CL 人 送る

「使者一人」

(13)

Huab-tais

皇帝

nrhiav

見つける

tau

得る

tus

CL

poj-ntsuag...

Huab-tais nrhiav tau tus poj-ntsuag...

皇帝 見つける 得る CL 窓

「皇帝はその窓を見つけて...」

オーストロアジア語族では類別詞があまり見られない[33]

類別詞とは別に、ある名詞を用いる際、その上位概念を表す名詞も共に用いられる傾向が、大陸部東南アジアの言語には見られる[34]

中国語

(14)

我想吃鮭魚。

「私はサーモンを食べたい」

我想吃鮭魚。

「私はサーモンを食べたい」

直訳:私はサーモン魚を食べたい。

白フモン語

擬態語

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「知覚心象を叙述する有標な語」[36]を指す擬態語 (ideophones) は、欧文における東南アジア言語研究では伝統的に"expressives"と呼ばれてきた[37]。擬態語は構成上、脚韻ないし頭韻を踏んだ二つの音節から成ることが多い[38]。以下に示したのは、ベトナムで話されるオーストロアジア語族チュラウ語英語版における擬態語の一部である[39][40]

  • hǔl hǔl 「静かに座っている」
  • khǔch khǔch 「沢山の魚」
  • khyơng khyơng 「ぎこちなく歩いている」
  • klơ klơ 「ぼんやりとした」
  • lǎq lǎq 「じっと座っている、病気の」
  • caprǎh caprǎng 「ばらばらになっている」
  • ravênh rawai 「くらくらしている」
  • mbǎq mban 「不器用な」
  • mlǔq mlǎq 「汚れている」

また、擬態語は特定の語とセットになって現れるものも多い。

ラーオ語の例 [41]

  • laan4「禿げている」
    • laan4 qùù4-khùù4「完全に禿げている」
    • laan4 khim1-mim1「やや禿げている」
  • nòòn2「横たわる」
    • nòòn2 khòò5-lòò5「子供のように横たわる」
    • nòòn2 qêêk1-lêêk4「だらだらと横たわる」

こうした典型的な擬態語の他に、漢語の成語 (chéng yǔ、 四字熟語) のような四音節の詩的な慣用表現も、東南アジア言語連合においてはしばしば認められる[42]

ラーオ語の例 [43]

    khiaw3  sot2  ngot1  ngaam2 
緑  鮮やかな  (休字)  美しい 
(ラオス農村部の雨季を甘美に形容した表現)

文法化

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言語連合の中で共有される事象には、音変化に加えて (例: 声調発生)、文法化のような通時的な言語変化も含まれる。大陸部東南アジア地域における文法化の特徴として、文法範疇が義務的に標示されるようにはならない点、単一の形式が様々な機能を同時に持つようになる点が挙げられる[44]。また、複数の言語間で幾つかの相似した文法化の経路が観察されている。

脚注

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  1. ^ Enfield (2018), p. 1.
  2. ^ Sidwell, Paul; Jenny, Mathias, eds (2021). The Languages and Linguistics of Mainland Southeast Asia.. De Gruyter. doi:10.1515/9783110558142. ISBN 978-3-11-055814-2. https://www.zora.uzh.ch/id/eprint/205815/1/10.1515_9783110558142-fm.pdf 
  3. ^ Siebenhütter (2020), pp. 16–22.
  4. ^ a b Sidwell & Jenny 2021, pp. 3–4.
  5. ^ a b Alieva 1984, pp. 12–13.
  6. ^ a b Sidwell & Jenny 2021, pp. 4–5.
  7. ^ Enfield 2018, pp. 234–235.
  8. ^ Enfield 2018, p. 72.
  9. ^ Enfield 2018, pp. 109–110.
  10. ^ Takahasi, Yasunori (2023年12月14日). “ベトナム語と中国語の文法を比べる”. note. 2024年2月24日閲覧。
  11. ^ Enfield (2018), pp. 15–16.
  12. ^ a b 加藤 2019, p. 21.
  13. ^ Matisoff 1973, p. 86.
  14. ^ 大西 2014, p. 27.
  15. ^ a b Enfield 2018, p. 57.
  16. ^ Enfield 2018, p. 10.
  17. ^ Enfield 2018, pp. 66–67.
  18. ^ Enfield 2018, p. 60.
  19. ^ Enfield 2018, p. 68.
  20. ^ Enfield 2018, p. 74.
  21. ^ Enfield (2018), pp. 16–17.
  22. ^ Enfield (2018), pp. 23–24.
  23. ^ Brunelle & Hẳn 2019, p. 543.
  24. ^ Matisoff (1991), p. 404.
  25. ^ 加藤 (2005), p. 32.
  26. ^ 加藤 (2005), p. 33.
  27. ^ Hansson 2003, p. 242.
  28. ^ Enfied (2018), p. 203.
  29. ^ Aikhenvald 2000, p. 90.
  30. ^ Matthews 2007, pp. 230–231.
  31. ^ Bisang 1993, p. 5.
  32. ^ Bisang 1993, p. 30.
  33. ^ Enfield (2018), pp. 143–144.
  34. ^ Enfield (2018), p. 161.
  35. ^ Bisang 1993, pp. 42–45.
  36. ^ Dingemanse 2012, p. 655.
  37. ^ Dingemanse 2012, p. 656.
  38. ^ Enfield 2018, p. 39.
  39. ^ Thomas 1971, p. 155.
  40. ^ Enfield 2018, pp. 42–43.
  41. ^ Enfield 2018, pp. 39–41.
  42. ^ Enfield 2018, pp. 44–45.
  43. ^ Enfield 2007, p. 306.
  44. ^ Bisang 2021, p. 773.
  45. ^ Matisoff (1991), p. 391.
  46. ^ Matisoff (1991), pp. 415–418.
  47. ^ Matisoff (1991), pp. 427–431.

参考文献

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関連項目

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