東力

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東 力
生年月日 (1941-11-21) 1941年11月21日(76歳)
出身校 東京大学法学部
前職 大臣秘書官
所属政党 無所属
称号 旭日中綬章

選挙区 旧和歌山2区
当選回数 3回
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東 力(ひがし ちから、1941年11月21日 - )は、日本政治家。元衆議院議員(通算3期)。企業家、ヒューロン国際大学ロンドン校総長

経歴[編集]

和歌山県新宮市出身。東京大学法学部卒業。ジョージ・ワシントン大学大学院博士課程修了。1989年GWU卒業生に贈られる最高栄誉賞(5名選出)を、先輩であるコーリン・パウエル前米国務長官とともに授与された。

1965年大蔵省に入省後、国際金融局銀行局、大臣秘書官などを経て、1983年第37回衆議院議員総選挙旧和歌山2区から無所属で出馬し、衆議院議員初当選(選挙後、自由民主党追加公認された。)。以後3期連続当選。農林水産省政務次官建設政務次官を歴任した。在任中は、自らが秘書官を務めた渡辺美智雄の側近として知られた。テンプル大学日本校やヒューロン国際大学日本校の理事長などを務めたが、それらに関して様々な疑惑がささやかれるなど、ダーティなイメージで知られた。また激しくヤジを飛ばす姿が、テレビでよく取り上げられた。

1993年に行われた第40回衆議院議員総選挙では、選挙区の議員定数がそれまでの3から2に減らされた影響を受け、落選。小選挙区制となった、1996年に行われた第41回衆議院議員総選挙では、党の裁定により地盤のある和歌山県第3区ではなく、和歌山県第1区から出馬したが、新進党から出馬した中西啓介に完敗した。2000年に行われた第42回衆議院議員総選挙では、自由民主党から和歌山県第3区からの出馬を予定していたが、保守党二階俊博が与党統一候補となったことに反発して無所属で出馬したが、落選し、引退を表明。しかし、その後、岸本光造が死去した際に行われた和歌山県第2区の補欠選挙や、2003年の第43回衆議院議員総選挙和歌山県第2区から出馬を模索したが、ともに断念した。その後は、自らの経営する企業の経営に専念する。

現在、木の国酒造社長、株式会社IMC社長、ヒューロン国際大学ロンドン校総長。

2014年旭日中綬章受章。

著書[編集]

  • 『日米外交の活路を拓く』
  • 『貿易摩擦のメカニズム』
  • 『アメリカのM&A』ほか

参考文献[編集]