東京都交通局6000形電車 (鉄道)

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都営地下鉄6000形電車
Toei6121 2.jpg
都営三田線6000形
(1999年2月10日 / 新高島平駅 - 西高島平駅間)
基本情報
運用者 東京都交通局
製造所 日本車輌製造川崎車輛
日立製作所アルナ工機
製造年 1968年 - 1976年
製造数 168両
運用開始 1968年12月27日
引退 1999年
投入先 三田線
主要諸元
編成 6両編成(最終時)
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1,500V(架空電車線方式)
最高運転速度 70 km/h
設計最高速度 100 km/h
起動加速度 3.5 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
減速度(非常) 5.0 km/h/s
車両定員 先頭車150(座席50)人
中間車170(座席58)人
編成重量 215.5t(非冷房時・4次車を除く)
全長 20,000 mm
全幅 2,790 mm
全高 3,690 mm
(パンタグラフ付車 4,045 mm)
台車 ダイレクトマウント空気ばね台車
KD-70形(都形式:T-6形)
主電動機 直流直巻電動機
主電動機出力 100 kW × 4
駆動方式 WN平行カルダン駆動方式
歯車比 6.19
編成出力 2,400 kW
制御方式 抵抗制御
制動装置 発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ
保安装置 T形ATS
備考
Wikipedia laurier W.png
第9回(1969年
ローレル賞受賞車両

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東京都交通局6000形電車(とうきょうとこうつうきょく6000がたでんしゃ)は、東京都交通局にかつて在籍していた都営地下鉄三田線用の通勤形電車である。

同局の路面電車都電)「6000形」と区別するため、「都営地下鉄6000形」と呼ばれることもある。

本項では、インドネシア鉄道会社 (PT. Kereta Api) で運用されていた車両についても記述する。

概要[編集]

神戸電気鉄道1050系とともに日本の鉄道車両で初めて補助電源装置に静止形インバータ (SIV) を採用した。車体構造は外板にステンレス鋼を用い、骨組みは普通鋼を用いるセミステンレス車両である。内装も関東の鉄道では初めて木目調の化粧板が採用された。20m4扉車体、制御装置は超多段制御、主電動機出力100kWといった点に帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄5000系との類似性が伺える。

1968年昭和43年)12月27日都営地下鉄6号線(三田線)志村駅(現・高島平駅) - 巣鴨駅間開業と同時に運用を開始した。

当時は東武鉄道東上線東京急行電鉄との相互乗り入れを予定していたため、東武・東急とともに制定した「6号線直通車両規格」(現在は事実上消滅)に基づき、各車の全長を20mとし、暫定開業のため4両編成で配備された。

1969年(昭和44年)に鉄道友の会ローレル賞を受賞した。

1972年(昭和47年)の6月30日巣鴨駅 - 日比谷駅間の開業時より6両編成となった。なお、設計時は8両編成を想定していた(3・4号車が欠車)。

東武鉄道と相互乗り入れを行う予定であったため、運転台は東武の通勤形電車(8000系)と同様に地上線での万一の衝突事故を考慮した高運転台構造とし、警笛も東武と同様に両先頭車で音が若干違うものを採用した。

長年にわたって三田線の専用車両として運用されてきたが、1993年平成5年)6月22日より後継車両の6300形を導入し、非冷房だった初期車の置き換えが開始された。当初は、過去に三田線との乗り入れ計画があった東急池上線東急多摩川線が実施しているホームセンサー方式でのワンマン運転を構想していたこともあり、6300形の投入で初期車を置き換える一方、6000形のうち車齢の若いものは改造して継続使用することも検討されており、1995年(平成7年)にはいったん置き換えが中断された。

ところが、1990年(平成2年)6月に、現在の相互直通車両規格の名称である「相互直通運転における東急目黒線・南北線・三田線・埼玉高速鉄道線との車両申し合わせ事項」に基づき、ホームゲート方式のワンマン方式に決定された後、そのホームゲートの位置およびこれによる乗務員の安全確認上の問題や、ATOの精度の問題に加え、それに対応するための改造費が6300形の導入費用に匹敵することが判明した結果、6300形への全面置き換えが決定。1999年(平成11年)に置き換えが再開され、同年12月3日ATC/SR化と、翌2000年(平成12年)9月26日からの営団地下鉄(現・東京地下鉄)南北線東急目黒線との相互乗り入れの開始に先立ち、1999年11月28日のさよなら運転を以て6000形は三田線での運用を終了した[1]

この結果、三田線においてはどの路線とも相互直通運転をすることができなかった。

なお、東急側も9000系で乗り入れる計画であったが、ワンマン運転時の安全確認の関係などから中止した[2]

製造年度による相違点[編集]

1次車 (6011 - 6141)[編集]

6071編成 三田方先頭車 西台にて撮影

志村駅 - 巣鴨駅間の開業用として4両14編成(56両)を投入した。日立製作所と川崎車輛(現・川崎重工業車両カンパニー)で製造された。運用終了後、日立製の一部車両は熊本電気鉄道へ譲渡されている。車体の帯色は当初「赤」であったが、1972年(昭和47年)からのラインカラー選定時に順次「青」に変更された。冷房化改造は考慮されていなかったが、6121編成のみ冷房装置が取り付けられた。

2次車 (6151 - 6231, 6015 - 6145, 6016 - 6146)[編集]

1972年に巣鴨 - 日比谷間の延伸開業用として6両9編成(54両)と1次車編成の6両化用に28両の計82両が新製されている。冷房改造が当初から可能な設計[注 1]であり、また新造当時から青帯であった[注 2]。なお、製造メーカーはアルナ工機、日立製作所、日本車輌製造である。

3次車 (6241 - 6261)[編集]

1973年の日比谷駅 - 三田駅間の延伸開業用に6両3編成(18両)がアルナ工機で新製された。ただし外見は2次車と変化はない。

4次車 (6271, 6281)[編集]

1976年の高島平駅 - 西高島平駅間の延伸開業用として6両2編成(12両)がアルナ工機で新製された。1 - 3次車との相違点は、戸袋窓が廃止され、中央部には冷房装置が設置できるように準備工事が施され、電動発電機も冷房用に対応できる大容量MGを搭載した。同年に登場した浅草線用の5200形との共通点が多い。また、新宿線10-000形も戸袋窓省略で落成することとなる。冷房改造もこのグループがトップで行われた。なお、側面の端に行先表示枠が設置されていたが、使用されずに廃車となった。

その後の変化[編集]

6241F三田方先頭車屋根部分 蓮根にて撮影

1988年秋頃に側面のみであった青帯を正面前照灯にも回り込むように変更した。また1989年春からは一部編成を除いて冷房化と車体修繕(B修繕)も開始した。改修内容は以下の通り。

  • 化粧板を白ベースに薄茶の模様付きに張り替え、側扉は車内側もステンレス地のままとなった。なお、初期車のうち増結車の一部は行われなかった。
  • ワイパーを空気式から電動式に交換。
  • 冷房装置は6271・6281編成は集中式、6121・6151 - 6261編成は集約分散式2台が設置された。冷風吹き出し口はいずれもスポット方式である。
  • 冷房装置のスペースのみ確保し営業運転をしていることがあった。

車体修繕に関しては志村車両工場(当時)にて京王重機整備が出張工事の扱いで担当している。現在でも秩父鉄道5000系熊本電気鉄道6000系の車内で京王重機の銘板を見ることができる。また1993年度より東京都シンボルマークである「いちょう」が先頭車の前面と側面に貼り付けられた。

編成表[編集]

6000形 編成一覧
製造次車
三田
備考
形式
6000形
(M1c)
6000形
(M2)
6000形
(M1)
6000形
(M2)
6000形
(M1)
6000形
(M2c)
搭載機器
(1 - 3次車)
Cont SIV,CP Cont SIV,CP Cont SIV,CP
1次車
(第01 - 14編成)
6011
6021

6131
6141
6012
6022

6132
6142
6015
6025

6135
6145
6016
6026

6136
6146
6017
6027

6137
6147
6018
6028

6138
6148
初期開業用
青枠内は2次車
2次車
(第15 - 23編成)
6151
6161

6221
6231
6152
6162

6222
6232
6155
6165

6225
6235
6156
6166

6226
6236
6157
6167

6227
6237
6158
6168

6228
6238
日比谷延伸開業用
3次車
(第24 - 26編成)
6241
6251
6261
6242
6252
6262
6245
6255
6265
6246
6256
6266
6247
6257
6267
6248
6258
6268
三田延伸開業用
搭載機器
(4次車)
Cont MG,CP Cont MG,CP Cont CP
4次車
(第27・28編成)
6271
6281
6272
6282
6275
6285
6276
6286
6277
6287
6278
6288
西高島平延伸開業用

凡例

  • Cont:主制御器
    SIV:補助電源装置(静止形インバータ)
    CP:空気圧縮機
    MG:電動発電機
  • 集電装置(パンタグラフ)はM1c・M1車に1基が搭載される。
  • 3次車の以前の車両で、冷房装置搭載改造を実施した車両は末尾6の車両にDC-DCコンバータ電源を搭載している。

現状[編集]

秩父鉄道5000系
(2011年6月6日 /樋口-野上)
熊本電気鉄道6000系 6101A(左)6231A

三田線での営業運転は終了したが、現在も一部編成が譲渡車として以下の鉄道会社で使用されている。

その他、特異な例としてはインドネシア政府開発援助として無償譲渡されてジャカルタ近郊で運行されている。輸送費などはインドネシア側が負担した。詳細は後述する。

また、東京消防庁立川消防施設に訓練用として車体短縮改造・座席改造を受けた先頭車両 (6051) と、群馬県館林市の高田産業に倉庫としてこの切断分(東京都八王子市の京王重機整備経由)が残存している。

他に千葉県佐倉市の「佐倉草ぶえの丘」にも冷房を搭載しないまま1999年まで予備車として残存した6145,6146が静態保存されている。

インドネシアでの元・6000形[編集]

原型先頭車6171F

インドネシア鉄道会社 (PT. Kereta Api) に譲渡された車両は、ジャカルタ首都圏通勤電車で使用されている。三田線時代に計画されながらも登場しなかった8両編成もある。

また、2002年から2004年にかけて中間車6両が各年2両ずつ現地で先頭車に改造された。この先頭車は流線型の非貫通構造であり、原型の6000形のものとは全く違う形態である。

該当車両は次の通り。

  • 6217/6182
  • 6177/6126
  • 6187/6227

後年、先頭車にはカウキャッチャー排障器に相当するもの)を装備した。

さらに2010年には6151と6188が前面を非貫通のものに改造された。これは衝突事故で前面を激しく損傷したためである。

2013年以降は東日本旅客鉄道(JR東日本)205系が導入されたため2016年に運用を終了し、全車廃車された。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 1次車と比較すると屋根上のモニターが高くなると共に、床下に冷房装置用の電動発電機の搭載スペースが確保されている。
  2. ^ このため、1次車に組み込んだ当初は赤帯車との混結も見られた。

出典[編集]

  1. ^ “三田線6000形、28日引退”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 3. (1999年11月11日) 
  2. ^ 鉄道ジャーナル 2010年11月号「電鉄車両めぐり 相互直通運転編「東京メトロ南北線」記事」東京工業大学鉄道研究部

参考文献[編集]

  • 鉄道ピクトリアル 2001年7月臨時増刊号 東京都営地下鉄特集

関連項目[編集]