東京慈恵会医科大学附属第三病院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 東京慈恵会医科大学附属第三病院
Jikei University Daisan Hospital.jpg
情報
許可病床数

638床
一般病床:587床
精神病床:20床


結核病床:31床
機能評価 一般500床以上:Ver5.0
開設者 学校法人慈恵大学
管理者 中村 敬(病院長)
開設年月日 1950年
所在地
206-8601
東京都狛江市和泉本町4丁目11番1号
位置 北緯35度38分41秒
東経139度33分57.6秒
座標: 北緯35度38分41秒 東経139度33分57.6秒
二次医療圏 北多摩南部
PJ 医療機関
テンプレートを表示

東京慈恵会医科大学附属第三病院 (とうきょうじけいかいいかだいがくふぞくだいさんびょういん)は、東京都狛江市和泉本町4-11-1にある大学病院東京慈恵会医科大学国領キャンパスに併設されている。

略称は「慈恵医大第三病院」。路線バスの最寄り停留所は「慈恵医大第三病院前」。小田急線狛江駅成城学園前駅の広告看板にも「慈恵医大第三病院」と略称で書かれている。

病院の基本理念は「『病気を診ずして病人を診よ』の教えに基づき、質の高い医療を実践し、医療人を育成することにより、社会に貢献し、患者さんや家族から信頼される病院をめざす」。

基礎データ[編集]

特記事項[編集]

沿革[編集]

  • 1949年 学校法人慈恵大学が、東京重機(現、JUKI)より「病院用地」として、東京都北多摩郡狛江村(当時)の土地を購入。
  • 1950年11月 東京慈恵会第三病院、開院。
  • 1952年1月 東京慈恵会医科大学附属東京病院分院第三病院と改称。
  • 1962年10月 東京慈恵会医科大学附属病院第三分院と改称。
  • 1986年4月 東京慈恵会医科大学附属第三病院と改称。

本院の歴史は、1949年に学校法人慈恵大学が、東京重機(現、JUKI)より土地を購入したことから始まる。

東京重機は、太平洋戦争前より、狛江村(当時)に本社兼工場を有していた。しかし戦後、東京重機の工場は、軍事工場(工場内で、銃等を製造していた。)であったということもあり、1945年10月5日米軍第8軍96軍医大隊が接収し、1948年8月2日まで米軍の管理下に置かれた。

1949年、この医大隊が利用していた施設部分を利用する目的で、学校法人慈恵大学が土地を購入。翌1950年に東京慈恵会第三病院(当時)として開設された。

なお開設当初、狛江村役場が狛江村民に「診療券」を発行し、慈恵会第三病院に診療圏を提示することで診療費が安くなる制度があった(当時は国民健康保険制度がない時代である)。

診療科目[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ ローソン慈恵医大第三病院店 ローソン公式Webサイト
  2. ^ 慈恵医大第三病院 外来食堂 禁煙スタイルWebサイト(2012年10月6日時点の情報)2017年9月14日閲覧
  3. ^ 病院敷地内の禁煙にご協力ください 慈恵医大第三病院 公式Webサイト

外部リンク[編集]