東京二・京太
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東京二・京太(あずまきょうじ、きょうた)は昭和期の漫才コンビ。
メンバー[編集]
東 京二(あずま きょうじ、本名:神田公司、1935年11月5日 - )
東 京太(あずま きょうた、本名:菅谷利雄、1943年7月21日 - )
- 東京都台東区出身。ボケ担当。
- 1961年、松鶴家千代若・千代菊に入門。翌年『鶴田松夫・竹夫』というコンビを結成したが、2年で解散し京二と組み直す。
- 競輪評論家としてピンでも活動。
略歴[編集]
- 1963年 - 西若二・菊二の名で初舞台。
- 1966年2月 - 当時の東京都知事東龍太郎によって東京二・京太と命名。
- 1969年 - NHK新人演芸大賞で優勝し、息の合った実力派コンビとして活躍。
- 1973年〜1974年 - 時代劇『ぶらり信兵衛 道場破り』(フジテレビ 東映)に出演。
- 1985年 - バブル勃発。ワリを巡って決裂し、[要出典]解散。
芸風[編集]
- 京太の栃木弁のボケ(師匠の千代若の口真似)に、京二の北海道弁のツッコミが人気を博した。
- 解散後、それぞれ夫婦漫才(東京二・笑子、東京太・ゆめ子)を結成。
- 弟子に東京丸・京平、東京介(元『東京助・玉助』、現『ふじ健介・東京介』)らがいる。
主なネタ[編集]
- 大当たり大吉
- あの待ち、この待ち
作品[編集]
CD・レコード[編集]
- 忘れはしないよおゆきちゃん(1969年11月テイチク発売)
- 花の呼び込み人生(1975年頃、ローヤルレコード(マキシム))