東亜会

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東亜会の代紋

二代目 東声会(にだいめ とうせいかい)は、東京都に本拠を置く日本暴力団

1957年アジア主義に共鳴し信奉する町井久之(本名は鄭建永)が、「東洋の声に耳を傾ける」と云う理念のもと、在日朝鮮人連盟(現:朝鮮総連)や在日朝鮮統一民主戦線などへの防波堤として、東京都銀座で右翼・尊皇・反共産主義の思想団体・東声会を結成した[1]

しかし、世間からは愚連隊組織と認識され、警察による締め付けが厳しくなったために町井は1966年9月1日に解散を宣言するが、翌1967年東亜友愛事業組合として再建された。東亜友愛事業組合理事長には、東声会副会長・平野富士松が就任[2]。 昭和47年(1972年)、関東二十日会に加盟した。

下部組織の誼興業沖縄県に進出していたが、2012年3月を以て解散した。

他団体関係[編集]

関東地方を本拠地とする稲川会住吉会松葉会双愛会という4団体とともに、博徒系の親睦団体・関東二十日会を結成している[3]山口組とは田岡一雄町井久之の兄弟盃以来、沖田守弘(薛伟超)が三代目山口組、四代目山口組で「若頭補佐待遇」とされるなど友好関係を保ち、親戚団体の一つとなっている。2005年、六代目山口組組長を襲名した司忍を後見人に迎え、関係を更に強化した。

歴代会長・理事長[編集]

  • 東声会会長 - 町井久之(本名は鄭建永
  • 東亜友愛事業組合初代理事長 - 平野富士松
  • 東亜友愛事業組合二代目理事長 - 沖田守弘
  • 東亜友愛理事長 - 二村昭平
  • 東亜会初代会長 - 二村昭平
  • 東亜会二代目会長 - 金海芳雄

最高幹部[編集]

三代目 会長 -早野 秦 (五代目 伊藤興業 会長)

理事長 - 相馬 雄二 (四代目 金海興業 会長)

本部長 - 吉川 廣 (五代目 伊藤興業 代表代行)

執行部 - 中田 孝行


顧問 - 牛腸 正男 (四代目 金海興業 顧問)

顧問 - 村尾幸一郎 (四代目 金海興業 顧問)

常任相談役 - 高橋 勝

常任相談役 - 吉川 登志雄 (四代目 金海興業 最高顧問)

常任相談役 - 田中 稔 (四代目 伊藤興業 会長)

事務局長 - 新井 栄一

出典[編集]

  1. ^ 「山口組50の謎を追う」洋泉社、2004年、ISBN 4-89691-796-0 のP.161と「実録 東声会 初代 町井久之 暗黒の首領」
  2. ^ 『六代目山口組 完全データbook』メディアックス、2008年、ISBN 978-4-86201-328-6 のP.133
  3. ^ 『山口組幕府論』 2007年12月17日 猪野健治

参考文献[編集]

関連項目[編集]