東ティモール紛争

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東ティモール紛争
戦争:東ティモール紛争
年月日1975年-1999年
場所東ティモール
結果:東ティモールの独立
交戦勢力
インドネシア側 独立派

東ティモール紛争は、東ティモールで勃発した独立派と、インドネシア軍およびインドネシア軍の支援する併合派との間の紛争

概要[編集]

東ティモール1975年インドネシア軍事侵略により不法占領下に置かれた。1976年、インドネシアは東ティモールをインドネシア27番目の州と宣言したが、国際社会はオーストラリアなど極少数の例外を除き、この併合を認めなかった。東ティモールでは、インドネシアからの解放を望む声が高かったが、1998年スハルト独裁政権が倒れ、新政権が東ティモールの独立容認の立場を取ったことから、急速に解放の気運が高まった。1999年8月30日国際連合東ティモール・ミッションの支援の下、インドネシア内の高度自治州案の賛否を問う住民投票が行われ、反対多数で独立が決定したが、これを不服とした併合派民兵とその後ろ盾となっていたインドネシア国軍が東ティモール住民を襲撃し、町を破壊した。

東ティモールは、1999年9月20日から展開した東ティモール国際軍2000年2月から活動を開始した国際連合東ティモール暫定行政機構などを経て、2002年5月20日に独立を達成した。

関連項目[編集]