束明神古墳

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束明神古墳(つかみょうじんこふん)は、奈良県高取町佐田にある八角形墳終末期古墳に属する。

概要[編集]

丘陵の尾根の斜面を大きく削って整地し、その中央に直径20m・高さ4mの円墳状の墳丘を版築技法で築く。凝灰岩を段状に積み上げて南側に開口する横口式石槨で内部は長さ3.12m・幅2.06m・高さ2.5m前後(盗掘で破損しており、正確な計測は困難)となっている。床面には二重、壁面には5段に石材が積み重ねられており、床には漆喰が塗られている。棺・副葬品がほとんどないが、若干の被葬者の歯牙と木棺の破片とみられる漆膜片などがみられ、他に釘が50本以上みられる。また、幕末に同古墳が草壁皇子の陵墓に比定されるという話が伝わり、陵墓指定のために土地を奪われることを恐れた地元の人々が意図的に破壊したとする伝承がある。実際に被葬者の歯牙から推定される死亡年齢や古墳の様式より、草壁皇子の陵墓を、ここから260mほど北にある比定地の眞弓丘陵(岡宮天皇陵)ではなく、こことする説もある。

参考文献[編集]