村上一家

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村上一家
設立者 村上浩二
本部 福岡県大牟田市
首領 梅木一馬
構成員数
(推定)
約200名
上部団体 九州誠道会.png 九州誠道会(2006年より)
道仁会.png 道仁会(2006年まで)

村上一家(むらかみいっか[1])は、福岡県大牟田市に本部を置く暴力団[2]。大牟田最大の勢力を持ち、構成員は約200名。かつては道仁会に属していたものの、2006年に離脱、同組織との激しい抗争状態に突入し、同様に同組織を離脱した永石組など数団体とともに九州誠道会を発足させた。

歴史[編集]

道仁会[編集]

かつては大牟田市の独立組織であったものの、二代目の頃、1981年から1983年にかけて同じく大牟田本拠の馬場一家と数次にわたる抗争事件を起こし、その過程で久留米道仁会に応戦を求め、道仁会とともに馬場一家を解散に追い込んだ。1994年には、2代目総長の小宮生計が自宅で射殺された。この抗争終結後、村上一家は道仁会の傘下となった。

2004年には傘下北村組組長一家が“大牟田4人殺害事件”を引き起こし、裁判で一家全員死刑判決が出された。

道仁会を離脱することになる2006年5月の時点で、同会内の最大勢力であった[3]

九州誠道会[編集]

2006年5月、道仁会二代目会長・松尾誠次郎が引退を発表し、松尾組組長・大中義久を三代目会長に指名したことに対して、時の村上一家総長・村神長二郎永石組組長・永石秀三鶴丸組組長・鶴丸善治高柳組組長・高柳弘之が反発し、抗争に突入。6月になると揃って道仁会を脱退し、7月に九州誠道会を結成、村神長二郎が会長に就いた。四代目村上一家総長は傘下浪川会会長・浪川政浩が継承し、九州誠道会の理事長に就任した。

2008年、九州誠道会会長・村神長二郎が引退し、二代目を四代目村上一家総長・浪川政浩が継承。五代目村上一家総長は神闘総業組長・梅木一馬が継承した。

歴代総長[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

出典[編集]

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  1. ^ 『Fukuoka yakuza turf war erupts』 2006年5月23日 ジャパンタイムズ (英語) ― “The Dojin-kai's major umbrella group, the Murakami-ikka, opposes the new leader and has announced it will sever all ties....”
  2. ^ 『道仁会の分裂』 2006年10月23日 コトバンク朝日新聞
  3. ^ 『暴力団抗争と武雄事件』 2008年6月11日 西日本新聞