李明博竹島上陸


李明博竹島上陸(イミョンバクたけしまじょうりく)は、2012年8月10日に大韓民国の李明博大統領が竹島(韓国名:独島)に上陸したという出来事。韓国の大統領が竹島に上陸したのは、これが初めてである。この出来事は日韓関係が悪化する結果となった[1]。
概要
[編集]この訪問計画は8月9日に明らかになり、日本政府はソウルの日本大使館を通じて韓国政府に対して中止を申し入れていたが、退けられた[2]。李明博は10日午前に鬱陵島に到着、そこで昼食をとった後に竹島に向かい、午後2時前には竹島に到着し、上陸を決行した。これには韓国の崔光植文化体育観光相、劉栄淑環境相らも同行している。李明博らは約1時間半竹島に滞在した。この訪問により日韓関係は急速に悪化し、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)や経済連携協定(EPA)をめぐる日韓間の協議は難しくなった。
この時期に訪問を決めたのは、歴史問題などでの日本に対する積もった不信感に加え大統領の求心力の喪失、大統領周囲の金銭絡みの不祥事の相次ぎ、日本支配から解放された日である8月15日以前の訪問を求める声などの存在からと見られている[3]。李明博はさらに会見を開き、天皇の「訪韓」と「謝罪」に言及した[4]。
日本政府はこの行動に反発し、玄葉光一郎外相は武藤正敏駐韓国大使を一時帰国させた[5]。
韓国固有の領土であることを示すハングルで「独島」「大韓民国」「2012年夏 大統領 李明博」と刻まれた高さ約1.2メートルの「独島守護標示石」が設置され、19日に除幕式が行われた。当初は上陸した10日に除幕式が予定されていたが天候のため延期された[6][7]。
イギリスの『デイリー・テレグラフ』は、李明博大統領の竹島訪問に関する当初の報道で「韓国大統領が日本の島を訪問した」(South Korean leader visits Japanese islands)と表現したが、その後「係争中の島」(contested islands)と修正した[8]。
李明博大統領の竹島訪問後、日本国内の一部団体は当該訪問を問題視し、刑事告発を行ったが、日本の検察は国家元首の地位および国際法上の管轄権の問題などを理由として不起訴処分とした[9]。
なお、『李明博回顧録』ではこの竹島上陸について、大統領就任前から上陸の意思を持っていたと記している[10]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ↑ ソウル共同 (2012年8月10日). “韓国大統領が竹島上陸 初の強行、閣僚も同行”. 中国新聞 (中国新聞社). オリジナルの2012年8月14日時点におけるアーカイブ。 2013年6月16日閲覧。
- ↑ 黒田勝弘 (2012年8月10日). “韓国大統領、竹島上陸 日本の中止要請無視、駐韓大使召還へ”. 産経新聞 (SANKEI DIGITAL INC.) 2013年6月16日閲覧。
- ↑ “韓国大統領、竹島に上陸 野田首相「極めて遺憾」”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2012年8月10日). オリジナルの2012年8月10日時点におけるアーカイブ。 2013年6月16日閲覧。
- ↑ コトバンク「竹島」
- ↑ 共同 (2012年8月10日). “駐韓大使が一時帰国 首相「極めて遺憾」 :政治(CHUNICHI Web)”. 中日新聞 (中日新聞社). オリジナルの2012年8月12日時点におけるアーカイブ。 2013年6月16日閲覧。
- ↑ 中川孝之 (2012年8月16日). “竹島に「李明博」名前刻んだ標石、19日除幕式”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). オリジナルの2012年8月19日時点におけるアーカイブ。 2013年6月16日閲覧。
- ↑ “李明博大統領の署名刻んだ「独島標識石」を設置へ”. 中央日報(日本語版) (中央日報). (2012年8月13日) 2013年6月16日閲覧。
- ↑ South Korean leader visits contested islands.(the Telegraph 2012.8.10)
- ↑ “日검찰, 독도방문 이명박 불법입국 고발 '불기소' 처분” (朝鮮語). 뉴스1. (2013年1月29日) 2023年5月9日閲覧。
- ↑ “韓国前大統領、北朝鮮の首脳会談提案を拒絶 回顧録で明かす”. 日本経済新聞. (2015年1月29日) 2015年4月27日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 大統領公式映像
- 尖閣諸島・竹島をめぐって緊張高まる - NHK放送史
- 韓国のテレビニュース