李会昌
| 李会昌 이회창 | |
|---|---|
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李会昌(2010年) | |
| 生年月日 | 1935年6月2日(83歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 | ソウル大学校 |
| 現職 | 党代表 |
| 所属政党 |
(新韓国党→) (ハンナラ党→) (自由先進党→) (セヌリ党→) 正しい政党 |
| 公式サイト | changsarang.com |
| 選挙区 |
(比例代表→) (ソウル市松坡区甲選挙区→) (比例代表→) 忠清南道洪城郡・礼山郡選挙区 |
| 当選回数 | 4回 |
| 李会昌 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 이회창 |
| 漢字: | 李會昌 |
| 発音: | イ・フェチャン |
| 日本語読み: | り・かいしょう |
| ローマ字: | Lee Hoi-chang |
李 会昌(イ・フェチャン、이회창、1935年6月2日 - )は、韓国の政治家。本貫は全州李氏。カトリック教徒で、洗礼名はオラフ。号は俓史(キョンサ、경사)
人物・経歴[編集]
ソウル大学校法学部を卒業後、弁護士や最高裁判事等を経て、金泳三政権下で監査院長に抜擢され汚職の摘発に辣腕を振るい、次いで国務総理(首相)に就任する。国務総理を務めていた1994年4月には、総理の役割・権限をめぐる問題で大統領と対立し辞任、硬骨漢ぶりを発揮したといわれた。
2度の大統領選挙立候補、敗北[編集]
1996年4月の総選挙において金泳三政権の与党・新韓国党(現在の自由韓国党の前身)より立候補(全国区)、国会議員に初当選した。
翌1997年末の大統領選挙に新韓国党の後継政党であるハンナラ党公認で出馬するものの、当時の与党系の陣営が分裂した事、アジア通貨危機が発生し、当時の与党(の流れを組む政党である)であるハンナラ党の候補であった事、2人の息子が不当に兵役を逃れていたというスキャンダルが持ち上がった事の3点が逆風となり、投票直前に支持率が10%代にまで急落し、僅か40万票差で金大中(新政治国民会議)に敗北した。
落選後は、農作業に参加したり、清掃奉仕に取り組んだりと、それまでの冷徹なイメージを払拭する為の活動に取り組み、2002年末の大統領選挙にも引き続き挑戦して終始リードするも、投票当日に盧武鉉(新千年民主党)に逆転を許し僅差で敗れた。
2007年大統領選挙、新党結成[編集]
2度にわたる大統領選敗北によって、大統領候補としての地位は潰えたかに見えたが、2007年選挙を直前に控え、独走態勢といわれていたハンナラ党李明博候補に様々な疑惑が噴出する中、11月7日に保守系無所属での出馬を正式表明。しかし、結果的には李明博に大差をつけられて敗北した。
2008年2月1日に結党された自由先進党(以下、先進党)の初代総裁に就任。同年4月の総選挙で先進党は18議席(地域区14議席・比例区4議席)を獲得。彼自身も忠清南道洪城郡・礼山郡選挙区で当選した。
2010年地方選挙敗北[編集]
その後、李会昌総裁の党運営に対して不満を抱いた元忠清南道知事で同地域に強い政治基盤を有している沈大平代表が2009年8月に離党を表明、創造韓国党と国会内で構成していた院内交渉団体「自由と先進の集い」[1]が交渉団体資格を喪失する事態となった[2]。そして翌2010年6月2日に行なわれた全国同時地方選挙で先進党が敗北した責任をとる形で党代表の座を辞任することを8日に表明[3]したが、「世宗市建設計画の国会採決が控えているなかで、これ以上代表職を空席にしておくわけにはいかない」として17日に党務に復帰した[4]。
2011年5月9日、国会で行われた党最高委員会議で「党の変化のため」として代表を退く意向を表明した。また来年の総選挙に向け、2009年に先進党を離党した沈大平率いる国民中心連合と党合併に乗り出す意思も合わせて表明した[5]。2011年11月21日には、総選挙への不出馬を表明し[6]、選挙後の2012年5月20日、同月末に行われる全党大会で党名改称が行われる前に先進党を離党することを表明した[7]。同年12月に行われる大統領選挙を目前にした11月24日、与党・セヌリ党(ハンナラ党が党名変更した政党)へ入党し、同党候補である朴槿恵支持を表明した[8]。
2017年1月26日、セヌリ党を離党し、大統領選挙への出馬を表明していた正しい政党の劉承旼を支持することを宣言して正しい政党に入党した[9]。
脚注[編集]
- ^ 2008年4月の総選挙後、先進党(18議席)と創造韓国党(2議席)が国会内で発言権を確保するために結成した共同院内交渉団体の名称
- ^ 第2野党の連立代表が離党宣言、「李会昌氏と一緒にできない」と批判 2009年8月31日付東亜日報
- ^ 自由先進党の李会昌代表が辞意表明 選挙敗北で引責 2010年6月8日付 KBSワールドラジオ
- ^ 野党自由先進党の李会昌代表 党務に復帰 2010年6月17日付前掲サイト
- ^ 李会昌自由先進党代表が辞意表明。KBSワールドラジオ2011年5月9日14時20分入力
- ^ 野党・自由先進党前代表が総選挙への不出馬宣言 2011年11月21日付聯合ニュース
- ^ “이회창, 자유선진당 탈당(李会昌、自由先進党脱党)”. 聯合ニュース(本国版). (2012年5月20日) 2012年5月24日閲覧。
- ^ “李会昌氏、セヌリ党に入党 朴槿恵氏を支持”. KBSワールドラジオ. (2012年11月24日) 2012年11月24日閲覧。
- ^ http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=001&oid=025&aid=0002680134
外部リンク[編集]
| 公職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 黄寅性 |
第26代:1993 - 1994 |
次代: 李栄徳 |
| 先代: 金泳駿 |
第15代:1993 |
次代: 李時潤 (ko) |
| 党職 | ||
| 先代: (結党) |
自由先進党代表 初代:2008 - 2011 |
次代: 沈大平 |
| 先代: 趙淳 |
ハンナラ党総裁 第2代:1998 - 2002 |
次代: 徐淸源 |
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