杉田和博

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杉田和博
すぎた かずひろ
生年月日 (1941-04-22) 1941年4月22日(77歳)
出生地 埼玉県
出身校 東京大学法学部卒業
前職神奈川県警察本部長→)
内閣情報官→)
内閣危機管理監

日本の旗 内閣官房副長官
(事務担当)
内閣 第2次安倍内閣
第2次安倍改造内閣
第3次安倍内閣
第3次安倍第1次改造内閣
第3次安倍第2次改造内閣
第3次安倍第3次改造内閣
第4次安倍内閣
第4次安倍改造内閣
在任期間 2012年12月26日 - 現職
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杉田 和博(すぎた かずひろ[1]1941年4月22日[1] - )は、日本警察官僚内閣官房副長官内閣人事局長。神奈川県警察本部長内閣危機管理監なども歴任した。

人物[編集]

埼玉県出身[1]埼玉県立浦和高等学校卒業、東京大学法学部卒業。地下鉄サリン事件当時の警察庁警備局長。性格は温和で、高い調整能力で知られる[2]。警察ではほぼ一貫して警備・公安畑を歩み[3]、警備局長を経て内閣官房で危機管理を担った。2004年に退官。

2012年12月26日、第2次安倍内閣において内閣官房副長官に就任。その際、安倍の首相就任記者会見中に立っていたところ、ふらついたため椅子に座り、更に「うー」と唸りながら椅子の背もたれに仰け反って痙攣を起こすというアクシデントが発生した。しかし、病院には搬送されず、その後の官邸の会合には予定通り出席した。 これに対し、内閣官房長官菅義偉は「脱水症状で一時的に気分が不快だったが、回復され、職務には全く問題ない」と説明し、杉田自身は「飲まず食わずだったので。大丈夫」と述べた[4]。なお、官邸の医務官は「低血圧低血糖」と説明している[5]。2014年4月にも、一過性の貧血によるものとみられる体調不良のため、会議を途中退席した[6]

略歴[編集]

役職[編集]

脚註[編集]

外部リンク[編集]

官職
先代:
竹歳誠
日本の旗 内閣官房副長官(事務担当)
2012年 -
次代:
現職
先代:
萩生田光一
日本の旗 内閣人事局長
2017年 -
次代:
現職
先代:
安藤忠夫
日本の旗 内閣危機管理監
2001年 - 2004年
次代:
野田健
先代:
大森義夫
日本の旗 内閣情報調査室長
→内閣情報官

1997年 - 2001年
次代:
兼元俊徳