杉本恵太

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杉本 恵太 Football pictogram.svg
名前
愛称 スギーニョ
カタカナ スギモト ケイタ
ラテン文字 SUGIMOTO Keita
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1982-06-13) 1982年6月13日(36歳)
出身地 茨城県潮来市
身長 173cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム FCマルヤス岡崎
ポジション FW
背番号 32
利き足
ユース
流通経済大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2010 名古屋グランパスエイト
2011-2012 徳島ヴォルティス
2013 HOYO大分
2014-2015 チェンライ・ユナイテッドFC
2016 ヴェルスパ大分
2017- FCマルヤス岡崎
1. 国内リーグ戦に限る。2017年1月15日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

杉本 恵太(すぎもと けいた、1982年6月13日 - )は、茨城県潮来市出身のサッカー選手。登録ポジションはフォワード

来歴[編集]

茨城県立鹿島高等学校から流通経済大学へと進んだ後、大学4年の時(2004年)に大宮アルディージャ特別指定選手になったが、サテライトゲームに出場しただけで公式戦の出場はなかった。大学卒業後の2005年名古屋グランパスエイトに入団。デビュー戦は3月13日のJ1第2節ジュビロ磐田戦で、怪我を負ったウェズレイに代わって出場、プロ入り初ゴールを決める。その後、主力外国人選手の相次ぐ退団もあって出場機会は増え、ルーキーながら年間を通じての活躍を果たした。シーズン中には、当時の監督であるネルシーニョが「秘策」として右サイドバックに起用したことがあった。

2006年柏レイソルから加入した日本代表FW玉田圭司との2トップを組んだ。3月13日愛知県出身の女性と入籍したことを発表した(3月13日はプロ入り初ゴールを決めた日付でもある)。9月30日駒場スタジアムで行われた大宮アルディージャ戦にてプロ入り後初となるハットトリックを決める。翌2007年には、5月13日に日本代表合宿に初招集される。

2008年に就任したストイコビッチ監督から、スーパーサブとして絶対的な信頼を受ける。前年は出場した34試合中26試合が先発出場[1] であったが、2008年は出場した33試合中26試合に途中出場であった[2]。7ゴールをマークした。

2009年1月17日から26日にかけて、ポルトガルリーグ2部ボアヴィスタFCの練習に参加。ミニゲームや紅白戦で計3ゴールを決めるなど、チーム首脳陣からも高評価を得るとともに、杉本自身も大きな手ごたえを感じて帰国した[3][4]。シーズン中はサイドハーフとしても起用された[5]

2010年シーズン終了と共に、契約満了により名古屋を退団[6](戦力外により契約更新に至らず)[7]。2011年シーズンは徳島ヴォルティスに加入も出場機会に恵まれず2年で再び契約満了により退団。その後2013年3月日本フットボールリーグ所属のHOYO大分(現:ヴェルスパ大分)に加入。主にスーパーサブとして起用された。

2014年よりチェンライ・ユナイテッドFCへ移籍。

2016年、V大分に3年振りに復帰した[8]。同年限りで退団[9]

2017年よりFCマルヤス岡崎へ加入[10]

人物・エピソード[編集]

  • 50m5秒8という俊足の持ち主。名古屋,V大分での応援歌の原曲はFLOWの「ドリームエクスプレス」。
  • 実家は仕出弁当店を営んでおり[11]、7人兄弟の5番目として生まれた[11]
  • 憧れの選手は中山雅史[12]
  • 趣味は子育て[12] と買い物[13] とアロママッサージ[14] と相撲観戦。
    • 毎年高い買い物をすることによって、自らを追い込むことをしている[15]
    • 2009年7月20日にはNHKの大相撲中継にゲストとして出演している。また、横綱白鵬との親交も深い[16][17]
  • 現在5児の父親である。

長女は妻の連れ子。

  • 愛称のひとつである"スギーニョ"の名付け親はルイゾン[11]
  • 2009年の天皇杯準決勝(対清水エスパルス)ではPK戦の5人目として杉本がキッカーとなり、ボールはクロスバーを直撃したが清水GK・山本海人の背中に当たってゴールインし、これより決勝進出を決めた。
  • 2010年の名古屋のリーグ戦初優勝を決めた試合(対湘南ベルマーレ戦)では途中出場ながら、決勝点となった玉田圭司のアシストを記録。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005 名古屋 19 J1 29 3 5 0 2 0 36 3
2006 32 8 5 0 1 0 38 8
2007 34 7 2 0 1 0 37 7
2008 33 7 9 5 3 1 45 13
2009 27 2 2 0 5 1 34 3
2010 18 0 5 1 4 0 27 1
2011 徳島 J2 15 0 - 0 0 15 0
2012 13 1 0 - 0 0 1 0
2013 H大分 19 JFL 29 4 - 1 0 30 4
タイ リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2014 チェンライ 32 プレミア
2015
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2016 V大分 32 JFL 22 4 - - 22 4
2017 マルヤス -
通算 日本 J1 173 27 28 6 16 2 217 35
日本 J2 16 0 - 0 0 16 0
日本 JFL 51 8 - 1 0 52 8
タイ プレミア
総通算 240 35 28 6 17 2 263 43
  • 2004年、特別指定選手としての出場はなし。
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2009 名古屋 19 7 1
通算 AFC 7 1

代表歴[編集]

  • 2007年 日本代表候補

脚注[編集]

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  1. ^ 名古屋テレビ (2008年6月28日). “スポケン! アスリートドキュメント「名古屋グランパス 杉本恵太」”. 2009年6月24日閲覧。
  2. ^ 日刊スポーツ (2009年2月9日). “「狙ってた」名古屋杉本がチーム初ゴール”. 2009年6月24日閲覧。
  3. ^ 日刊スポーツ (2009年1月18日). “名古屋杉本がポルトガル修行に出発”. 2009年6月24日閲覧。
  4. ^ 日刊スポーツ (2009年1月27日). “名古屋杉本が「武者修行」から帰国”. 2009年6月24日閲覧。
  5. ^ 中日スポーツ (2009年6月14日). “杉本、右で左で1発2アシスト 飛騨キャンプ打ち上げ”. 2009年6月24日閲覧。
  6. ^ 名古屋グランパス (2010年11月30日). “契約満了選手のお知らせ”. 2010年12月4日閲覧。
  7. ^ 中日スポーツ (2010年12月1日). “杉本とマギヌン、戦力外”. 2010年12月5日閲覧。
  8. ^ 杉本恵太選手入団のお知らせ。 - 2016年2月21日 ヴェルスパ大分公式サイト
  9. ^ 選手退団のお知らせ。 - 2016年12月12日 ヴェルスパ大分公式サイト
  10. ^ “杉本 恵太選手 加入のお知らせ” (プレスリリース), マルヤス工業フットボールクラブ, (2017年1月11日), http://fc-maruyasu.jp/topics_detail1/id=345 2017年1月16日閲覧。 
  11. ^ a b c 日刊スポーツ (2007年5月14日). “名古屋FW杉本が代表候補合宿メンバー入り”. 2009年9月1日閲覧。
  12. ^ a b 名古屋グランパス. “選手データ 杉本恵太”. 2009年9月1日閲覧。
  13. ^ スポニチアネックス (2009年). “J1選手名鑑 名古屋グランパスエイト 杉本恵太”. 2009年9月1日閲覧。
  14. ^ スポーツ報知 (2008年). “選手名鑑 杉本恵太”. 2009年9月1日閲覧。
  15. ^ 中日スポーツ (2008年2月15日). “杉本、開幕レギュラー狙う 故障で出遅れも「まだ時間ある」”. 2009年9月1日閲覧。
  16. ^ 日刊スポーツ (2008年9月28日). “名古屋杉本が白鵬に刺激受け川崎F戦へ”. 2009年10月25日閲覧。
  17. ^ 中日スポーツ (2008年7月24日). “杉本、耳ツボ刺激でリラックス”. 2009年10月25日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]