オメガトライブ

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オメガトライブは、主に1980年代に日本で活躍したバンドで、プロデューサー藤田浩一の指揮のもと、作曲家林哲司並びに和泉常寛、アレンジャー新川博などの制作陣を中心としたプロジェクトの総称(計3回)。ボーカルは杉山清貴カルロス・トシキ新井正人と変遷した。夏・海・リゾートをテーマとした作品の数々は『サザンオールスターズ』や『TUBE[1]などとともにサマーソングのヒット曲として知られる。

目次

概要[編集]

杉山清貴をボーカルとするアマチュアバンド「きゅうてぃぱんちょす」は1980年の第19回ヤマハポピュラーソングコンテスト入賞後、メジャーデビューのオファーを受けながらもオリジナル楽曲の完成度に納得できず、誘いを断っていた。藤田浩一はポプコン入賞以降同バンドに注目しており、デビューの条件としてプロによる提供楽曲の演奏を提示、バンドはこれを受け、「杉山清貴&オメガトライブ」と名を変え、1983年4月にレコードデビューした[2]

藤田は、1980年代に角松敏生やオメガトライブ、菊池桃子を擁していた芸能事務所トライアングル・プロダクションのオーナーであり、藤田のタッチする作業は作詞家や作曲家、アレンジャーとのプリプロダクションからレコーディング・スタジオでのミュージシャンへの指示、エンジニアへの注文、レコード・ジャケットの決定からマーケット戦略まで多岐にわたっており、全ての最終決定権は藤田にあった[3][4]

名称の名づけ親はDJのカマサミ・コング。メンバーは候補に挙がっていた中の「タイクス」という名前を気に入っていたが、藤田が「オメガトライブ」に決めたという。「オメガトライブ」とは、「オメガ」(Ω, ω)=ギリシャアルファベットの最後の文字(「最後」を意味する)と、「トライブ」=民族を合わせて、「最終民族」という意味がある[5]。詳細は後述。

「オメガトライブ」というプロジェクト[編集]

杉山清貴&オメガトライブのメンバーは、後日「”オメガトライブ”は、バンドでは無く、プロジェクトであり、自分達はその一員であった。」と答えている[6][7]

藤田が考えるオメガトライブというプロジェクトを、林哲司主導の元で楽曲制作を行った。またレコーディングはプロのスタジオミュージシャンが演奏していた為、ボーカルの杉山以外のメンバーはレコーディングの収録には関わっておらず、アマチュアバンド「きゅうてぃぱんちょす」のメンバーは、バンド名や製作した楽曲を全て捨て[8]、「オメガトライブ」を演じるバンドになった[7]。バンドは名付けられ、オリジナル作品は製作出来ず[7]、作品は準備され[9]、演奏はスタジオ・ミュージシャンの演奏をなぞる[10]。ビジュアルイメージは絶えず「海」「夏」「リゾート」がつきまとう[11]

その為、メンバーは「与えてもらって、それを売らなきゃいけないっていう使命感が物凄くあって、その使命感の中で疲れ果てて」しまい、メンバー同士でツアー中の飲みの席で「年内(1985年)一杯で解散すること」をメンバーだけで決意、その意思を社長に報告し、1985年12月24日で解散となった[12]。解散を切り出したのは杉山、解散に賛成は廣石と大島と吉田、反対は高島と西原であったが、最終的に満場一致での解散となった。その後、杉山はソロへ、高島と西原は「1986オメガトライブ」の一員となった。

杉山清貴&オメガトライブ[編集]

杉山清貴&オメガトライブ
出身地 日本の旗 日本
ジャンル J-POP
AOR
活動期間 1980年 - 1985年
2018年 -
レーベル VAP
1983年 - 1985年
キングレコード
2019年 -)
メンバー 杉山清貴Vocal
高島信二Guitar
西原俊次Keyboards
大島孝夫(Bass
廣石恵一Drums
旧メンバー 吉田健二(Guitar

メンバー[編集]

略歴[編集]

  • 1980年5月に前身となるバンド「きゅうてぃぱんちょす」にて第19回ヤマハポピュラーソングコンテストに入賞する。同年10月の第20回ポプコンでは落選するものの、藤田浩一の目に止まることとなった。この時期には現在芸術音楽の作曲家である千住明キーボードを担当したが、プロへ直結するポプコン優勝を逃したことから、在籍していた慶応義塾大学から東京芸術大学への受験により音楽家になることを希望し、グループを離れている[13]。キーボード担当には西原俊次が新たに加わり、グループとしてプロデビューを目指した。
  • 1983年4月、プロデューサー藤田の第1弾プロジェクト『杉山清貴&オメガトライブ』としてレコードデビューする。
    • なお、「オメガトライブ」という名前は「バンド名の候補でも一番下にあった名前」であった(後に杉山自身が公言している)。
  • 1985年12月、プロデューサーとメンバーとの方向性の違いにより、横浜文化体育館のライブを最後に解散する。
  • 2004年2月、杉山の呼びかけにより、杉山清貴&オメガトライブを再結成し(前座:きゅうてぃぱんちょす)、2月11日NHKホール、2月14日愛知厚生年金会館、2月15日大阪厚生年金会館において、『First Finale2 〜オメガとライブ〜』と題したコンサートを行う[14]
  • 2018年5月5日、日比谷野外大音楽堂での杉山の野外ライブ「The open air live "High & High 2018"」を、デビュー35周年記念として杉山清貴&オメガトライブ名義にて行う[15]2019年には12会場13公演に及ぶ全国ツアーを開催。
  • 2019年5月5日、前年同様日比谷野外大音楽堂でライブを開催[16]
  • 代表曲としては、1983年4月「SUMMER SUSPICION」、1984年1月「君のハートはマリンブルー」、1985年3月「ふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-」(最大のヒット曲)など。

主な制作陣[編集]

作品[編集]

シングル[編集]

# 発売日 タイトル カップリング 最高順位 備考
1 1983年4月21日 SUMMER SUSPICION 渚のSea-Dog 9位 第12回東京音楽祭で披露、TBS賞を受賞
2 1983年10月21日 ASPHALT LADY A.D. 1959 36位
3 1984年1月21日 君のハートはマリンブルー 愛を巻き戻して 12位 TBS系ドラマ『年ごろ家族』主題歌
4 1984年10月21日 RIVERSIDE HOTEL ジョアンナ 21位
5 1985年3月6日 ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER FAREWELL CALL 5位 JALPAK'85CM曲
6 1985年5月29日 サイレンスがいっぱい ROLLING MEMORIES 7位 NTV系ドラマ『のン姉ちゃん・200W(ワット)』主題歌
7 1985年11月7日 ガラスのPALM TREE LONELY RUNNER 5位 ダイドージョニアンコーヒーCM曲

スタジオアルバム[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位
1 1983年9月21日 AQUA CITY 4位
2 1984年3月21日 River's Island 3位
3 1984年12月21日 NEVER ENDING SUMMER 8位
4 1985年7月1日 ANOTHER SUMMER 1位
5 1985年12月11日 FIRST FINALE 1位

ベストアルバム[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位
1 1984年6月10日 カマサミ・コング・DJスペシャル[17] -位
2 1985年10月23日 Single's History 3位
3 1991年7月21日 Dear, Summer Lovers 51位
4 1991年11月21日 Love Story Of Harvor View -位
5 1993年7月21日 杉山清貴&オメガトライブ シングル・コレクション 1983〜1985 -位
6 1998年6月21日 杉山清貴&オメガトライブ CORE BEST TRACKS -位
7 2004年2月11日 THE OMEGA TRIBE 50位
8 2011年5月18日 ゴールデン☆ベスト 杉山清貴&オメガトライブ -位
9 2012年7月17日 The Other Side of The Omega Tribe 238位
10 2018年4月25日 杉山清貴&オメガトライブ 35TH ANNIVERSARY オール・シングルス+カマサミ・コング DJスペシャル&モア 50位

ライブアルバム[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位
1 1986年3月30日 Live Emotion -位
2 2019年01月23日 The open air live “High & High 2018”Complete 66位

リミックスアルバム[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位
1 2019年1月30日 OMEGA TRIBE GROOVE 46位

CDBOX[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位
1 2002年3月6日 EVER LASTING SUMMER COMPLETE S.KIYOTAKA&OMEGA TRIBE -位

合同オメガトライブ アルバム[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位 備考
1 1991年2月21日 Good-bye OmegaTribe 1983-1991 29位 杉山清貴&オメガトライブ、1986オメガトライブ、カルロス・トシキ&オメガトライブの3バンドによるベストアルバム
2 2012年6月5日 杉山清貴 & オメガトライブ サマーサスピション ふたりの夏物語 君のハートはマリンブルー 12CD-1061N Special Edition -位 杉山清貴&オメガトライブのミニアルバム
? 杉山清貴/オメガトライブ スーパー・ベスト -位 杉山清貴&オメガトライブと杉山清貴のベストアルバム

映像[編集]

ベストアルバム[編集]

# 発売日 タイトル 備考
1 1984年7月21日 SINGLE VACATION VHS/LD
2 1986年1月21日 FIRST FINALE CONCERT VHS/DVD2004年2月11日再発)
3 2004年7月22日 FIRST FINALE2 DVD
再結成ライブコンサートを収録。権利関係の調整がつかず、「オメガトライブ」名義が使えなかった。代わりにメンバー6人の連名で表記された。

コンサート[編集]

  • 1984年 DOMESTIC TOUR '84(27本)
  • 1984-1985年 SUMMER SUNSET CONCERT TOUR '84-85(51本)
  • 1985年 FIRST FINALE ツアー(52本)
  • 2004年 First Finale2 〜オメガとライブ〜
  • 2018年5月3日 The open air live "High & High 2018" Pre Live @飯能市市民会館大ホール
  • 同年5月5日 The open air live "High & High 2018" @日比谷野外音楽堂

1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ[編集]

1986オメガトライブ

カルロス・トシキ&オメガトライブ
出身地 日本の旗 日本[18]
ジャンル J-POP
AOR
活動期間 1986オメガトライブ
1986年 - 1987年
カルロス・トシキ&オメガトライブ
1988年 - 1990年
レーベル VAP
1986年 - 1989年
ワーナー・パイオニア[19]
1990年
メンバー カルロス・トシキVocal
高島信二Guitar
西原俊次Keyboards
ジョイ・マッコイ[20]Chorus
旧メンバー 黒川照家Guitar

メンバー[編集]

略歴[編集]

  • 1986年、前オメガトライブに在籍していた高島信二(ギター)、西原俊次(キーボード)に加え、新たに日系ブラジル人カルロス・トシキと、菊池桃子のバックバンドや岩崎宏美のバックバンド(パイナップル・カンパニー)でギターを担当していた黒川照家を迎えて、プロデューサー藤田の第2弾プロジェクト『1986オメガトライブ』(ナインティーンエイティシックス - )としてデビュー。
  • 1987年には『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』のコンサート(国営昭和記念公園特設ステージ)で杉山清貴とのジョイントが実現(杉山のソロアルバム「realtime to paradise」に収録された「THE DREAM」を歌唱。アコースティックな楽曲のため、バンドメンバーは演奏せず)。
  • 1988年3月、黒川がバンドを脱退する。グループ名を『カルロス・トシキ&オメガトライブ』に変更する。
    • 改名の理由として、「黒川が脱退した以上、1986オメガトライブではなくなった」ことと、「(1986という)ネーミングが古くなってきた」ことが挙げられている。
    • なお、改名に当たってスタッフとしては「もっとカルロスを全面に押し出したい」という意向があったが、本人たちは「あくまでも3人のバンドである」と考えていたため、スタッフの思惑通りにはいかなかったようである。
  • 1988年7月、レコーディングにコーラスとして参加していたジョイ・マッコイが正式に加入する。
  • 1990年、ワーナー・パイオニアへ移籍[19]松任谷由実が作詞・作曲した「時はかげろう」を発表後、ファイナルツアーを行い、1991年3月16日日清パワーステーションでのライブを最後に解散する。1990年12月14日放送の『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)にて解散発表を行った。
  • 2005年3月9日、ファンサイトの呼びかけを中心とした署名活動により、発売された楽曲[21]が全曲[22]収録されたCD+PVや『歌のトップテン』に出演した時の映像を納めたDVDを収めた『COMPLETE BOX "Our Graduation"』を発売する。

代表曲は「君は1000%」(1986オメガトライブ)「アクアマリンのままでいて」(カルロス・トシキ&オメガトライブ)など。

主な制作陣[編集]

シングル[編集]

1986オメガトライブ[編集]

# 発売日 タイトル カップリング 最高順位 備考
1 1986年5月1日 君は1000% Your Graduation 6位 NTV系ドラマ『新・熱中時代宣言』主題歌
2 1986年8月7日 Super Chance Navigator 2位 スーパーフジカラー”CMソング
3 1986年10月15日 Cosmic Love I'll Never Forget You 3位 サンヨーWO8イメージソング
4 1987年7月15日 Miss Lonely Eyes interstate 2位
5 1987年11月18日 Stay girl Stay pure Sand on the seat 5位 NTV系ドラマ『恋はハイホー!』オープニング曲

カルロス・トシキ&オメガトライブ[編集]

# 発売日 タイトル カップリング 最高順位 備考
1 1988年4月6日 DOWN TOWN MYSTERY (“DAYLIGHT”VERSION) DOWN TOWN MYSTERY (“NIGHT TIME”VERSION) 8位 1986オメガトライブからカルロストシキ&オメガトライブに改名後のシングル。
2 1988年8月10日 アクアマリンのままでいて 海流のなかの島々 3位 フジテレビ系ドラマ『抱きしめたい!』主題歌
3 1988年11月10日 REIKO Wind Gauge 〜風速計〜 15位 ジョイ・マッコイがリードボーカル、ジャケットにメンバーの写真が使われている。
EP盤・CDシングル・シングルカセットの3パターンで発売された。
- 1988年11月10日 REIKO 〜English Version〜 REIKO 〜Original Version〜 78位 12インチシングル盤12cmマキシシングルの2パターンで発売された。
4 1989年7月21日 どうして好きといってくれないの ブラインド・プロフィール 24位 TBS系『世界・ふしぎ発見!』テーマソング
5 1989年9月5日 花の降る午後 Bad Girl 26位 角川春樹事務所作品『花の降る午後』主題歌
6 1990年6月25日 時はかげろう ツーアウト・フルベース 38位 バップからワーナー・パイオニアへ移籍後初、また唯一のシングル。

アルバム[編集]

1986オメガトライブ[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位
1 1986年7月23日 Navigator 2位
2 1987年2月4日 Crystal Night 1位

コンピレーション・アルバム[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位
1 1987年6月21日 DJ SPECIAL 3位

カルロス・トシキ&オメガトライブ[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位 備考
1 1988年4月6日 DOWN TOWN MYSTERY 3位 カセット・DAYLIGHT VERSION、レコード・CD・NIGHT TIME VERSIONの2種類あり、曲のミックスダウンが異なっている。
2 1989年2月8日 be yourself 9位
3 1989年9月21日 BAD GIRL 11位 オリジナルアルバムでは唯一、ジャケットにメンバーの写真が使われている。
4 1990年7月25日 natsuko 13位 バップからワーナー・パイオニアへ移籍後初、また唯一のアルバム。

ベストアルバム[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位 備考
- プロモーション Carlos Toshiki and Omega Tribe with 1986 Omega Tribe -位 非売品ベスト・アルバム
1 1989年12月21日 BEST REMIX 30位 藤田浩一新川博の共同プロデュース。吉田保がリミックスを手がけており、吉田が収録曲をミックスするのは全曲初めて。
2 1992年3月21日 The Greatest Hit あの頃の私へ.... -位 1986オメガトライブの楽曲もあるが、Carios・T and Omega Tribe名義のベストアルバム。
3 2005年7月27日 究極のベスト!1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ -位
4 2008年9月22日 1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ スーパーベスト・コレクション -位 通信販売限定。
5 2009年6月24日 プレミアム・ベスト 1986オメガトライブ/カルロス・トシキ&オメガトライブ -位

ライブアルバム[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位
1 1991年4月10日 The Graduate Live 54位

合同オメガトライブ[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位 備考
1 1991年2月21日 Good-bye OmegaTribe 1983-1991 29位 杉山清貴&オメガトライブ、1986オメガトライブ、カルロス・トシキ&オメガトライブの3バンドによるベストアルバム
2 2012年2月20日 杉山清貴 オメガトライブ ベスト&ベスト - 杉山清貴、1986オメガトライブ、カルロス・トシキ&オメガトライブ、カルロス・トシキによるベストアルバム

CDBOX[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位 備考
1 2005年3月9日 1986 OMEGA TRIBE CARLOS TOSHIKI&OMEGA TRIBE COMPLETE BOX "Our Graduation" -位 1986オメガトライブとカルロス・トシキ&オメガトライブの全シングル曲、全アルバム曲。1986オメガトライブ・歌のトップテン映像DVD、カルロス・トシキ&オメガトライブ・ファイナルコンサート映像DVDを収録したBOX。

コンサート [23][編集]

ツアー名 開始日と最終日 備考
アイバンクチャリティーコンサート(名古屋テレビ 1986年7月10日 初のファーストライブ。
学園祭ツアー 1986年10月3日 - 同年12月1日 秋田大学金沢経済大学東北工業大学、東京・文京女子大学、岩手・富士大学弘前学院大学甲南女子大学、福岡・東和大学高崎経済大学明治学院大学日本福祉大学皇学館大学北九州大学名古屋学院大学立教女学院静岡女子大学四国女子大学愛媛大学香川短期大学山形大学共立薬科大学東邦大学東京農工大学福井仁愛女子短大東京理科大学麻布大学立正大学広島文化女子短大帝京短大
DOMESTIC TOUR FIRST 1987年1月13日 - 同年4月18日 初のコンサートツアー。
SUMMER EVENT TOUR 1987年7月11日 - 同年8月26日
SECOND TOUR 1987年9月12日 - 1989年1月30日 途中で1987年の学園祭ツアーと並行公演。更にカルロスが11月24日に体調不良による振替公演もあった。
学園祭ツアー 1987年10月10日 - 同年11月30日 埼玉医科大岡崎女子短期大学、名古屋・夢コロン、足利短期大学和洋女子短期大学目白学園岐阜工業高等専門学校
EVENT TOUR 1988年6月4日 - 同年8月27日 山下公園・横浜どんたく、東北歯科大学、SUMMER FES. IN MANZA、岐阜未来博、ビーチサイドフェスティバル、瀬戸大橋博、ROKE WAVE '88富士急ハイランド特設ステージ、小海町特設ステージ、LIVE IN KAISEIZAN、FCイベント MZA有明、SUNSET DREAM IN KISHIWADA COAST
文化放送特別企画「オメガトライブ青春1000%」番組100回記念『OMEGA TREBE IN HAWAII ツアー』 1988年7月10日 参加者200名
学園祭ツアー 1988年10月2日 - 同年11月12日 八戸工業大学立教大学・越谷校舎、計7カ所[24]
BE YOURSELF 1988年11月27日 - 1989年3月29日 3rdツアー
マンダム・ライブスペシャル in 日本武道館 1988年12月20日
EVENT TOUR 1989年6月24日 - 同年7月24日 群馬大学、JPSミュージックスペシャル(横浜アリーナ)、日清パワーステーション、福島女子短期大学、愛知厚生年金会館、まつだ町文化センター、横浜博覧会
学園祭ツアー 1988年10月6日 - 同年11月12日 帝京大学昭和薬科大学東京女子医科大学いわき明星大学西南女学院短期大学武庫川女子大学大阪学院大学鹿児島女子短期大学徳島大学大阪大学・医学部、平安女学院短期大学愛知学泉大学
HEART Of FIRE 1989年11月27日 - 1990年4月27日 4thツアー
新宿・日清パワーステーション 1990年10月12日
学園祭ツアー・EVENT 1990年9月30日 - 同年10月28日 下関公民会館、埼玉・森林公園、新宿・日清パワーステーション、新宿音楽祭 in 日本武道館聖心女子大学
NACK5 LIVE SPECEAL(日清パワーステーション) 1990年11月2日
ちば博覧会'90 in幕張メッセ 1990年11月24日
X'mas LIVE 1990年12月23日、1990年12月25日 日清パワーステーション、川崎市教育文化会館
解散コンサート・ツアー 1991年2月21日 - 3月16日

その他[編集]

1986オメガトライブ[編集]

書籍[編集]

1986オメガトライブ[編集]

ブランニュー・オメガトライブ (BRAND NEW OMEGA TRIBE)/BNOT)[編集]

ブランニュー・オメガトライブ
(BRAND NEW OMEGA TRIBE)
BNOT
出身地 日本の旗 日本
ジャンル J-POP
活動期間 1993年 - 1994年
レーベル ワーナーミュージック・ジャパン
メンバー 新井正人Vocal

1993年、かつてパルで活動し、ソロとして『機動戦士ガンダムΖΖ』の主題歌「アニメじゃない」を歌ったことのある新井正人をボーカルに迎え、プロデューサー藤田の第3弾プロジェクトとしてスタートする。第3弾「オメガトライブ」はバンドの形はとらず、新井正人のソロプロジェクトであり、第1弾、第2弾制作陣が脇を固める構成となっている。

主な制作陣[編集]

シングル[編集]

# 発売日 タイトル カップリング 最高順位 備考
1 1993年8月2日 愛さなくていいから 好きだから言えなかった -位 フジテレビ系「北野ファンクラブ」エンディング・テーマ
2 1994年1月25日 Marry Me Paradise In The Snow -位

アルバム[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位 備考
1 1994年2月10日 Beach Hippies -位 BNOT名義で発売された。

番外オメガトライブ「DOME」[編集]

DOME
出身地 日本の旗 日本
ジャンル J-POP
AOR
活動期間 1992年
レーベル NECアベニュー
メンバー 三上哲Vocal
高島信二Guitar
西原俊次Keyboards
坂内聖一(Bass
池田通久(Drums

メンバー[編集]

  • 三上哲(ボーカル、現在は俳優)
  • 高島信二(ギター)
  • 坂内聖一(ベース)
  • 西原俊次(キーボード)
  • 池田通久(ドラムス)

略歴[編集]

1992年、三上哲をボーカルに迎え、オメガトライブ生え抜きメンバーの高島信二、西原俊次の3名により結成する。「ドーム」ではなく『ディー・オメ』と読ませる。英語表記では「Deconstructed OMEGA by Mints Entertainment」の略称とされていた。シングル「女神達に逢える日」とアルバム『DOME』を、NECアベニューからリリースした。その間、高島はビーイングでプロデューサー・ディレクターとしての活動を始めていた。

シングル[編集]

# 発売日 タイトル カップリング 最高順位 備考
1 1992年5月1日 女神たちに逢える日 誰よりも僕が -位 フジテレビ系ワイドショー『TIME3 タイム・スリー』エンディングテーマ

アルバム[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位
1 1992年5月21日 DOME -位

番外オメガトライブ「WEATHER SIDE」[編集]

WEATHER SIDE
出身地 日本の旗 日本
ジャンル J-POP
AOR
活動期間 1994年 - 1995年
レーベル ポニーキャニオン
メンバー 高取秀明Vocal
高島信二Guitar
西原俊次Keyboards

メンバー[編集]

略歴[編集]

1994年、高島・西原は高取秀明をボーカルに迎え、「WEATHER SIDE」を結成する。1996年に解散するまでアルバム・シングル各3枚をリリースした。作詞は高取が、作曲は高島・西原が、編曲は亀田誠治が中心となっていた。

シングル[編集]

# 発売日 タイトル カップリング 最高順位
1 1994年4月21日 風を抱いて Still I Love You -位
2 1994年9月21日 いいのさ、君のままで 世界よ 二人のために回れ -位
3 1995年5月19日 夏だから それでもあなたは嘘をつく -位

アルバム[編集]

# 発売日 タイトル 最高順位
1 1994年5月20日 Driving A Go Go -位
2 1994年10月21日 HAPPY GO LUCKY -位
3 1995年6月21日 30℃ -位

関連項目[編集]

オメガトライブ関連[編集]

杉山清貴&オメガトライブ関連[編集]

1986オメガトライブ / カルロス・トシキ&オメガトライブ関連[編集]

BRAND NEW OMEGA TRIBE関連[編集]

WEATHER SIDE関連[編集]

  • 亀田誠治(シングル・アルバム全曲でWEATHER SIDEと共同編曲)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 現在は、オメガトライブの元メンバーである高島信二が制作スタッフに参加している。
  2. ^ 広島FM (2008年1月25日). “食卓音楽・さよならのオーシャン/杉山清貴”. 2013年5月5日閲覧。
  3. ^ 1981年デビューの角松敏生は、話題性を狙ったレコード制作及びそのセールス・プロモーションで活動拡大を図りたい事務所側と、バンドを組んでのライブハウス出演など草の根的なライブ活動をしたい自身との活動方針の相違により、アルバムとシングルをそれぞれ2枚発表した後の1982年に事務所を移籍することになり、その後釜的存在として事務所に入ってきたのが杉山清貴&オメガトライブであった。
  4. ^ 菊池桃子の初期アルバムのジャケット写真は、他のアイドルのような顔の大写しやバストショットではなく、AORアーティストのような情景の中に全身の姿が溶け込んで写っているショット(故に顔が写っている範囲の比率も小さい)で、その顔も水に浸かっていたり、影に覆われていたりして目立たないのだが、それが逆に話題になった。また、1985年日本武道館でのファーストコンサートでは、エイブラハム・ラボリエルアレックス・アクーニャロスの一流ミュージシャンによるフュージョン系バンドのコイノニアがバック・バンドを務めた。
  5. ^ 歌番組などでバンド名の由来を尋ねられた際に「最終民族」では重い印象を与えるため「最後の仲間」などと説明をしていた。
  6. ^ OMEGA TRIBE GROOVE スペシャルサイト”. VAP. 2019年4月25日閲覧。
  7. ^ a b c 杉山清貴 インタビュー!”. DUKE (2018年12月4日). 2019年4月25日閲覧。
  8. ^ 実際にはきゅうてぃぱんちょす時代の『フラフラ夏陽気』を『渚のSea-dog』に改作の上でシングル『SUMMER SUSPICION』B面に収録するなどの配慮が行われた。
  9. ^ 実際には藤田の意向もあり杉山・高島・西原も曲作りに参加させ、審査を通過した曲がアルバムやシングルB面で若干採用された。これらのアレンジは編曲家によって林の作品に近いカラーでのアレンジが行われた。また、1986~カルロス・トシキの時期には、藤田自身も作詞にしばしば参加した他、メンバーによるオリジナル曲の採用が増加していた。
  10. ^ 1986~カルロス・トシキの時期は、リズムセクションを正式メンバーに持たないため、必然的に外部のミュージシャンを中心とする演奏となった。
  11. ^ ヒットメーカー林哲司のシャラララ人生 杉山清貴&オメガトライブ(4)”. VAP. 2019年4月25日閲覧。
  12. ^ ソロ活動30周年を迎えた杉山清貴-今だから表現できる「自然体」の歌とは”. エンタメステーション. ソニーミュージックエンターテイメント (2016年8月5日). 2019年4月25日閲覧。
  13. ^ テレビ東京 (2010年7月10日). “ミューズの晩餐”. 2013年5月5日閲覧。
  14. ^ 以下の外部リンク先を参照。杉山清貴公式ホームページ 期待の杉山清貴&オメガトライブ再結成ライブ First Finale2 〜オメガとライブ〜決定!!
  15. ^ 杉山清貴&オメガトライブ、野音で再集結した35周年ライブが映像化
  16. ^ スポニチアネックス 杉山清貴&オメガトライブ“昭和の名曲”令和でも魅了 2019年5月6日
  17. ^ CTCDのみのリリース
  18. ^ カルロス・トシキのみ日系ブラジル人で、ブラジル連邦共和国パラナ州マリンガ出身である。
  19. ^ a b “カルロス・トシキ&オメガトライブ”名義で発売された全楽曲は、原版権が現在のワーナーミュージック・ジャパンに譲移された。
  20. ^ 1988年に加入
  21. ^ リミックスされた音源も含む。
  22. ^ アルバム『DOWN TOWN MYSTERY』の「DAYLIGHT」と「NIGHT TIME」の2バージョン曲、一部の楽曲のカラオケなども含む。
  23. ^ a b 『1983 - 1991 1986OMEGA TRIBE CARLOS TOSHIKI&OMEGA TRIBE COMPLETE BOX Our Graduation』より。
  24. ^ 詳細は記載されていない。

外部リンク[編集]