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杉原洋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
杉原 洋
横浜時代
(2010年8月15日 横須賀スタジアムにて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 島根県簸川郡斐川町(現:出雲市
生年月日 (1985-05-31) 1985年5月31日(41歳)
身長
体重
187 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2003年 ドラフト3巡目
初出場 2010年7月21日
最終出場 同上
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

杉原 洋(すぎはら よう、1985年5月31日 - )は、島根県簸川郡斐川町(現:出雲市)出身の元プロ野球選手投手)。右投左打。

経歴

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開星高等学校時代は2001年夏2002年夏の甲子園に出場。2003年のプロ野球ドラフト会議千葉ロッテマリーンズから3巡目指名を受け入団。

二軍では、球威を高めるフォーム改造にも成功し大いに注目されたが、縫い目が高い新公式球への対応に苦しみ、高校時代の右肩痛の再発など、度重なる故障にも見舞われた。一軍登板がないまま2006年10月2日に戦力外通告を受け12月1日に自由契約選手公示された[1]。その後、社会人野球チームのNOMOベースボールクラブのウェブサイトを見てトライアウトに応募し合格、入団。株式会社スマートバリューに入社。モバイルDivの中で携帯事業で働きながら練習に励んできた。2009年社会人野球日本選手権大会近畿最終予選(対和歌山箕島球友会戦)でノーヒットノーランを達成した[2]

2009年11月に横浜ベイスターズが選手契約を発表した[3]柳川事件後、元NPB選手が社会人野球チームを経てNPBチームに入団するのは、渡邉孝男西武サンワード貿易日本ハム)、宇野雅美巨人広島リースキンヤクルト)に次ぐ3例目である[4]。2010年7月21日にロッテ時代も含めて初めての一軍登板を先発投手という形で果たすも、2回1/3を3失点という内容だった[5]。翌2011年は一軍登板はなく、二軍でも6試合の登板に終わる。10月9日に戦力外通告を受け[6]、12月2日に自由契約公示された[7]

現在はYOOK Baseball Academyの代表として活動している。

詳細情報

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年度別投手成績

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W
H
I
P
2010 横浜 110000000----142.1304001003311.573.00
通算:1年 110000000----142.1304001003311.573.00

記録

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背番号

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  • 55 (2004年 - 2006年)
  • 56 (2010年 - 2011年)

脚注

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  1. 2006年度 自由契約選手
  2. 第36回 日本選手権 近畿最終予選敗者復活戦 第1試合(10月13日)
  3. アーカイブされたコピー”. 2009年11月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年11月12日閲覧。 - 横浜ベイスターズ オフィシャルウェブサイト
  4. 西尾典文 (2022年1月4日). “「令和のイチロー」山下航汰がアマに出戻り…元プロでも簡単に活躍できない社会人野球の“厳しい現実”. デイリー新潮. 2022年1月4日閲覧.
  5. 2010年7月21日 公式戦試合結果(中日vs横浜)
  6. 2012年の選手契約について”. 横浜ベイスターズ (2011年10月9日). 2011年10月21日閲覧。
  7. 2011年度 自由契約選手

関連項目

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外部リンク

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