朴元淳
| 朴元淳 박원순 | |
|---|---|
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朴元淳(2014年) | |
| 生年月日 | 1956年3月26日(62歳) |
| 出生地 | 慶尚南道昌寧郡丈麻面 |
| 出身校 | 檀国大学校大学院史学科 |
| 前職 | 希望製作所常任理事 |
| 現職 | ソウル特別市長 |
| 所属政党 |
(無所属→) (民主統合党→) (民主党→) (新政治民主連合→) 共に民主党 |
| サイン |
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| 公式サイト | 원순닷컴(ウォンスンドットコム) |
ソウル特別市市長 | |
| 当選回数 | 2回 |
| 在任期間 | 2011年10月27日 - |
| 朴元淳 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 박원순 |
| 漢字: | 朴元淳 |
| 発音: | パク・ウォンスン |
| ローマ字: | Park Won Soon |
朴 元淳(パク・ウォンスン、박원순、1956年3月26日 - )は、大韓民国の弁護士、政治家、市民運動家。ソウル特別市長(2011年10月27日 - )[1][2]。
概要[編集]
- 1956年3月26日に慶尚南道昌寧郡丈麻面で二男五女の次男として生まれた。丈加小学校(現在は廃校となり丈麻小学校に統合)、霊山中学校を卒業後、ソウルの京畿高等学校に入学して、1974年に卒業した。1975年にソウル大学校社会系に入学したが、入学して数ヶ月後に朴正煕政権に反対する学生運動と関連して緊急措置違反で拘束され、大学を除籍された。その後、檀国大学校史学科に再入学して卒業した。1980年、第22回司法試験に合格。司法修習の同期には、のちに第19代大統領となった文在寅がいる。1982年に検事となり、大邱地方検察庁に配属されるが6ヶ月で辞職し、翌年弁護士となる。
韓国の代表な革新系市民運動団体である「参与連帯」の創設に関与、同連帯において執行委員及び運営委員を務めたほか、政策シンクタンク「希望製作所」理事なども務めた。2000年12月に「女性国際戦犯法廷」という市民団体で開催した民衆法廷では、韓国代表の検事役として昭和天皇を「死刑」にした。検事役として「10万人以上の韓国人女性を日本軍慰安婦として強制連行・虐待した」と主張して「起訴」していた[3]。参与連帯事務処長をつとめていた2000年当時に行われた第16代総選挙において右派候補の落選運動を主導するなど、左派の弁護士として知られる。2011年10月26日に行われたソウル市長補欠選挙に無所属野党統一候補として立候補して当選を果たし、第35代ソウル市長に就任した。2012年2月、民主統合党(2013年5月、「民主党」に党名改称)に入党[4]。2014年6月4日の第6回全国同時地方選挙の一つとして行われたソウル市長選挙で再選を果たした[5]。再選後、大統領候補として支持率が急上昇したが、朴槿恵大統領の弾劾審判が始まって以降は前代表の文在寅に押されて支持率の低迷が続き、2017年1月26日に共に民主党の大統領候補予備選への不出馬を表明した[6] 。更に文在寅党代表時代に、文代表を清算対象として批判していたことが発覚謝罪に追い込まれた[7]。2018年6月13日の第7回全国同時地方選挙でソウル市長として初の三選を果たした。2018年にはソウル市長として市内の日本製品の使用禁止を促進すると述べた[1]。
略歴[編集]
学歴[編集]
- 1968年 - 丈加小学校卒業
- 1971年 - 霊山中学校卒業
- 1974年 - 京畿高等学校卒業
- 1975年 - ソウル大学校入学、入学して数ヶ月後に朴正煕政権に反対する学生運動と関連して緊急措置違反で拘束され、大学を除籍される
- 1980年 - 大韓民国司法試験合格
- 1982年 - 檀国大学校史学科入学
- 1985年 - 檀国大学校史学科卒業
経歴[編集]
- 1982年 - 大邱地方検察庁検事に任官、6か月後に辞職
- 1983年 - 弁護士となる
- 1986年 - 歴史問題研究所理事長
- 1986年 - 大韓弁護士協会人権委員会委員
- 1989年 - ハンギョレ新聞諮問委員
- 1992年 - ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修了(国際法)
- 1992年 - ハーバード大学ロースクール客員研究員(人権プログラム)
- 1995年 - NGO参与連帯事務局長(~2002年)
- 1998年 - 聖公会大学校兼任教授
- 1999年 - 漢陽大学校大学院兼任教授
- 2000年 - NGO総選挙市民連帯常任共同執行委員長(落選運動)
- 2000年 - ビジネスウィーク誌「社会変革をすすめるアジアの指導者50人」に選定
- 2000年 - VAWW-NETジャパン等が主催した女性国際戦犯法廷で韓国側の「検事」をつとめる[8]。
- 2002年 - 希望製作所常任理事
- 2003年 - 盧武鉉政権「税制革新推進委員会」共同委員長
- 2006年 - マグサイサイ賞受賞
- 2009年 - 「希望と代案」共同運営委員長
- 2011年 - ソウル特別市長当選
- 2014年 - ソウル特別市長に再選
- 2018年 - ソウル特別市長に三選
ソウル市長[編集]
ソウル市長補欠選挙
無償給食の是非を問うため、住民投票が2011年8月24日に実施されたが、投票成立に必要な投票率(全有権者の3分の1)を下回って不成立(未開票)となった。無償給食反対の立場から住民投票を推し進めてきた呉世勲ソウル市長は住民投票不成立の責任をとる形で、翌々日の26日に市長を辞任したため10月26日にソウル市長補欠選挙が実施されることになった[9]。
翌2012年に行われる総選挙と大統領選挙の動向を占う重要選挙として与野党とも市長選挙に向けた動きを本格させる中、市長選挙への出馬意志を明らかにした[10]。こうした中、若年層を中心とする支持率が高く市長選挙への出馬を模索していた安哲秀(アン・チョルス)融合科学技術大学院長が市長選不出馬を9月6日に表明[11]し、朴支持を明らかにした。また最大野党民主党における有力市長候補である韓明淑元国務総理とも協議し野党圏単一候補を実現するためにお互いに努力することで一致した[12]。
2011年10月3日、ソウル市長補欠選挙にて野党候補を一本化するための予備選挙[13]が行われた。選挙の結果、世論調査とテレビ討論で高い支持を得た朴元淳が52%以上の支持を得て、民主党候補の朴映宣(パク・ヨンソン)議員と民主労働党候補の崔圭曄(チェ・ギュヨプ)を押さえて統一候補に確定した。この結果、ソウル市長補欠選挙は与党ハンナラ党候補の羅卿瑗(ナ・ギョンウォン)と進歩系野党統一候補となった朴元淳による事実上の与野党一騎討ちとなった[14]。
選挙戦では無党派層の支持を得て戦いを有利に進めた[15]。そして投開票の結果、ナ候補に7.2%およそ29万票の差をつけて当選を果たした[16]。なお市長選挙で与党候補を破って当選を果たしたことで、来年の大統領選挙における有力候補と目される安哲秀ソウル院長と連携して新党を結成するのではないかとの見方が一部で広がったが、朴市長は27日に民主党孫鶴圭代表を表敬訪問した席で、これを否定した[17]。
ソウル市長就任後
当選翌日の27日から市長としての業務を初め、小学校5・6年生の無償給食予算支援案に署名した[18]。市長就任後、一般職員との円卓会議やツイッターを利用した予告無しのイベント、1日3~4箇所を視察し市民から市の政策に対する意見を直接聞くなど職員や市民との触れ合いを重視する姿勢を採っている[19]。11月には市長選における公約の一つであるソウル市立大学校授業料の半額化を2012年度から実施することを表明した[20]。
市長就任直後の11月7日、韓米自由貿易協定(韓米FTA)批准案の国会処理を巡って最大争点となっていた国家訴訟制度(ISD)について再検討を促す意見書を外交通商部と行政安全部に提出した[21]。
2012年2月23日、民主統合党に入党。同年5月1日、ソウル市庁舎前で行われた全国民主労働組合総連盟主催のメーデー集会に現職ソウル市長として初めて出席した[22]。また市本庁と傘下の投資・出資機関で勤務する非正規職員3000名弱のうち1050名以上を正規職に転換[23]した他、12月には第2次非正規職雇用改善対策として市庁や地下鉄駅構内で清掃業務に従事する非正規労働者3000名以上を2013年6月から正規職に転換する他、警備や駐車場管理業務に従事する非正規労働者についても5年間で段階的に正規職へ転換していく方針を明らかにした[24]。2014年9月には、生活賃金制度(最低限度の基本的・人間的生活を営むことが出来る賃金制度)を2015年度から導入することを発表、ソウル市と傘下機関などで勤務する労働者に適用されることになった[25]。
2012年4月、前年3月に発生した福島原発事故を受け、省エネルギーとクリーンエネルギーの利用拡大による2014年までに原子力発電所1基分のエネルギー削減を目指す、脱原発政策を発表した[26]。
2014年6月4日、第6回全国同時地方選挙のソウル市長選挙でセヌリ党の鄭夢準との事実上の一騎討ちを大差で制し、再選を果たした。
2014年7月23日、姉妹都市である東京都の舛添要一都知事をソウルに招き、会談を行った[27]。
2015年2月2日、朴市長の訪日に合わせ、ソウル市と東京都が「道路陥没対応業務、技術的協力に関する行政合意書」を締結した。合意書は双方が都市の安全に向けて、お互いに技術を供与するという内容であるが、実質的には道路陥没が社会問題となっているソウル市に東京都が協力をする形となっている[28]。相互協力について都知事の舛添要一は「道路陥没について言うとわれわれのノウハウが進んでいる」としたうえで「得意なところを教えあうようになればと思う」と述べた[29]。
2016年にソウルがPM2.5で深刻になると通勤・帰宅時間に公共交通機関を無料にすると発表した。2017年1月に1回50億ウォン(約5億円)を費やして3回実施したがPM2.5軽減効果はほとんどなかった。そのため、朝鮮日報によると制度は失敗だったとして、いつのまにか廃止された[30]。
2018年1月2日、テレビ番組に出演し、慰安婦問題日韓合意について「日韓合意の再交渉は「不可避だと考える」」と述べた。[31]
2018年6月13日の第7回全国同時地方選挙のソウル市長選挙で、自由韓国党の金文洙、正しい未来党の安哲秀らにダブルスコアの大差をつけて圧勝し、ソウル市長として初めての三選を果たした[32]。
2018年12月に韓国では既にカカオペイが普及して、手数料の引き下げが決まっていたが、肝いりの政策として「ゼロペイ」というソウル市独自決済を導入した。しかし、民間のカカオペイがあるため、普及しなかった。金融業界の関係者にも同様の民間サービスがあるのに市が新たに導入した理由が分からないと指摘された[33][34][30]。
主な著書[編集]
韓国語[編集]
- 『韓国の市民運動-プロクルステスの寝床-』当代(2002年)
- 『村こそ学校』コムドゥンソ(2002年)
- 『美しい世界の条件』ハンギョレ(2010年)
- 『オリバーは世界をどのように料理するのか』イマジン(2011年)
- 『村社会』コムドゥンソ(2002年)他
- 『世界を変える1千の職業』ムンハクドンネ(2011年)
- 『美しい価値事典』ウィズダムハウス(2011年)
- 『村、生態こそ答え』コムドゥンソ(2011年)
- 出典:ソウル市長プロフィール(ソウル市日本語版ホームページ)
日本語訳[編集]
- 『韓国市民運動家のまなざし』(風土社、2003年)
脚注[編集]
- ^ a b “韓国で日本製品の不買運動計画がたびたび起きても不発に終わる理由” (日本語). Newsweek日本版 (2019年1月10日). 2019年1月22日閲覧。
- ^ “[社説]朴元淳・新ソウル市長に願うこと” (日本語). japanese.donga.com (2011年10月27日). 2019年1月22日閲覧。
- ^ 国民日報“일본왕, 성노동 착취범으로 기소한 바 있다” 박원순 “위안부 할머니 ‘귀향’의 관객이고 싶다”2015-07-11 16:30 [1] “아는 사람들은 아시겠지만 2000년 12월 열린 여성국제전범법정에서 저는 대한민국을 대표한 기소검사 였습니다”“개정 첫날 남북한 공동검사단은 일본 왕을 군위안부 강제 성노동 착취 전범으로 기소했습니다”라고 소개했다. 그는 “ など
- ^ “朴元淳ソウル市長 最大野党・民主統合党に入党”. 聯合ニュース. (2012年2月23日) 2012年2月26日閲覧。
- ^ “「6・4地方選挙」 パク・ウォンスン、ネガティブ攻撃突き破り当選…大統領選次期走者に浮上”. ハンギョレ. (2014年6月5日) 2014年6月7日閲覧。
- ^ “韓国大統領選:支持率低迷のソウル市長が不出馬を宣言”. 朝鮮日報. (2016年1月27日) 2016年1月27日閲覧。
- ^ “朴ソウル市長「『文在寅は清算対象』発言は大きな失敗だった」| Joongang Ilbo | 中央日報”. s.japanese.joins.com. 2019年1月22日閲覧。
- ^ 女性国際戦犯法廷
- ^ ソウル市長が辞任、10月26日に補欠選挙。連合ニュース2011年8月26日11時52分配信
- ^ 박원순 서울시장 후보 출마 검토(朴元淳 ソウル市長候補出馬検討)。ハンギョレ2011年8月31日21時47分最終入力
- ^ 世論調査で人気首位の安哲秀氏、ソウル市長選不出馬。連合ニュース2011年9月6日17時34分配信
- ^ 朴元淳氏、韓明淑元国務総理と野党候補一本化に合意。KBSワールドラジオ2011年9月6日21時56分最終入力
- ^ 世論調査、テレビ討論(陪審員役の市民による評価)、一般市民による投票をそれぞれ実施、その結果を30%、30%、40%に分けて集計する方法で行われた。
- ^ 進歩陣営の統一候補決まる 無所属の朴元淳氏.KBSワールドラジオ2011年10月3日
- ^ “野党系の朴氏が勝利=無党派動く、政界再編も-ソウル市長選”. 時事通信. (2011年10月27日) 2011年10月27日閲覧。
- ^ “野党統一候補がソウル市長に 与党は基礎自治体選で圧勝”. KBSワールドラジオ. (2011年10月27日) 2011年10月28日閲覧。
- ^ “朴元淳氏「第三政党の立ち上げ、考えたことがない」”. KBSワールドラジオ. (2011年10月27日) 2011年10月28日閲覧。
- ^ “박원순 시장, 초등 5·6학년 무상급식 결재로 업무 시작(朴元淳市長、初等5・6学年無償給食決済で業務開始”. ハンギョレ. (2011年10月27日) 2012年2月26日閲覧。
- ^ “ソウル市長就任から1か月市民との触れ合い大切に”. 聯合ニュース. (2011年11月25日) 2012年2月26日閲覧。
- ^ “韓国・ソウル市立大学の授業料半額 新市長「価値ある」公約実現 学生団体→全大学の半額化要求”. しんぶん赤旗. (2011年11月17日) 2013年8月4日閲覧。
- ^ “「韓米FTAの内容見直しを」=ソウル市長が意見書”. 聯合ニュース. (2011年11月7日) 2012年2月26日閲覧。
- ^ “韓国:122周年メーデー、民主労総『ゼネスト闘争出征式』開催”. レイバーネット(原文チャムセサン). (2012年5月1日) 2012年7月13日閲覧。
- ^ “56살이상도 정규직화…정부지침서 ‘한발 더’(56歳以上も正規職化・・・政府指針書の‘一歩先へ’)”. ハンギョレ(本国版). (2012年3月23日) 2013年8月4日閲覧。
- ^ “서울시 비정규직→정규직 전환 의미와 파급효과(ソウル市非正規職→正規職転換の意義と波及効果)”. ハンギョレ(本国版). (2012年12月5日) 2013年8月4日閲覧。
- ^ “ソウル市が来年から「生活賃金」を導入 韓国の広域自治団体としては初めて”. ハンギョレ. (2014年9月2日) 2014年9月3日閲覧。
- ^ “毎日フォーラム・視点:持続可能な都市政策 韓国ソウル市長 朴元淳”. 毎日新聞. (2012年6月8日) 2013年8月4日閲覧。
- ^ 訪韓の舛添知事「今日から新しい関係」 ソウル市長と会談 MSN産経ニュース 2014年7月23日
- ^ “「日本は教えてくれぬ」道路陥没「東京の100倍」で東京の技術力にすがる韓国ソウル市長の“必死”(1/3ページ)”. 産経新聞. (2015年2月12日). オリジナルの2015年2月12日時点によるアーカイブ。 2015年2月12日閲覧。
- ^ “「日本は教えてくれぬ」道路陥没「東京の100倍」で東京の技術力にすがる韓国ソウル市長の“必死”(3/3ページ)”. 産経新聞. (2015年2月12日). オリジナルの2015年2月12日時点によるアーカイブ。 2015年2月12日閲覧。
- ^ a b “前途多難なソウル市のモバイル決済、朴市長が失敗できないワケ” (日本語). ライブドアニュース. 2019年1月22日閲覧。
- ^ 産経新聞 2018.1.2 23:15 【日韓合意検証発表】朴元淳ソウル市長、日韓合意は「再交渉不可避」[2]
- ^ 2018地方選挙開票結果(KBS)
- ^ “ソウル市長肝いりのモバイル決済「ゼロペイ」、初日は空振り,午後4時現在で決済件数わずか210件-Chosun online æ”. web.archive.org (2018年12月23日). 2019年1月22日閲覧。
- ^ “ソウル市、「ゼロペイ」の実績不振に緘口令” (日本語). japanese.donga.com (2019年1月22日). 2019年1月22日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 희망제작소(希望製作所)
- ソウル市長室(ソウル市日本語版ホームページ)
- 朴元淳 (@wonsoonpark) - Twitter(市長公式アカウント)(朝鮮語)
| 公職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 権寧奎 (行政1副市長、職務代理) |
ソウル特別市長 第35代-第36代:2011 - |
次代: (現職) |