札幌護国神社

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札幌護国神社
(札幌護國神社)
札幌護国神社
所在地 北海道札幌市中央区南15条西5丁目1番地
位置 北緯43度2分26.5秒
東経141度21分10.5秒
座標: 北緯43度2分26.5秒 東経141度21分10.5秒
主祭神 本殿
北海道開拓祭神
各戦役戦没祭神
公共殉職祭神
其他特殊祭神
多賀殿
伊邪那岐大神
伊邪那美大神
相殿奉斎(旧・山鼻神社祭神)
天照大御神
大山祗大神
天満宮大神
耳早立雄大神
創建 1879年明治12年)
例祭 7月6日
地図
札幌護国神社(札幌護國神社)の位置(札幌市内)
札幌護国神社(札幌護國神社)
札幌護国神社
(札幌護國神社)
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札幌護国神社札幌國神社 (さっぽろごこくじんじゃ)は、北海道札幌市中央区にある神社護国神社の一つである。

1879年(明治12年)に、西南戦争で戦没した屯田兵を祀るために建立され[1]、以後各戦争における戦死者の霊を合祀してきたが、1949年(昭和24年)9月より多賀大社の祭神を勧請し、次いで1971年(昭和46年)9月に山鼻地区(札幌郡山鼻村)の鎮守であった山鼻神社の祭神を合祀し、現在に至る[1]

そのため、同社は創建当初からの祭神を祀る本殿と、多賀大社より勧請した神々および旧・山鼻神社の祭神を祀る多賀殿(多賀神社)から構成される。

祭神[編集]

本殿
  • 北海道開拓祭神
  • 各戦役戦没祭神
  • 公共殉職祭神
  • 其他特殊祭神
多賀殿

沿革[編集]

  • 1879年(明治12年) – 現在の札幌市北区北6条西7丁目に屯田兵招魂碑が建てられ、札幌忠魂社と称されたのが、札幌護国神社の始まり[1]
  • 1911年(明治44年)2月 – 中島公園に移る[1]
  • 1922年(大正11年)7月1日 – 札幌招魂社と改称する[1]
  • 1933年(昭和8年) – 現在地に社殿が建てられる[1]
  • 1939年(昭和14年)4月1日 – 札幌護國神社と改称し、内務大臣指定護国神社となる[2]
  • 1946年(昭和21年)
    • 4月30日 – 神社本庁の所属となる[2]
    • 12月12日 – 札幌彰徳神社と改称する(日本の独立承認後、札幌護國神社に復称)[2]
  • 1949年(昭和24年)9月 – 多賀大社より祭神を勧請し、多賀殿が建立する[1]
  • 1968年(昭和43年) – 火災により社殿が焼失する[1]
  • 1970年(昭和45年) – 社殿が再建される[1]
  • 1971年(昭和46年)9月 – 山鼻神社の祭神を多賀殿に合祀する[1]
  • 1972年(昭和47年)2月3日 – 昭和天皇香淳皇后が親拝する[1]

彰徳苑[編集]

境内の一角には、戦没者慰霊碑を中心に数多くの碑が集められた「彰徳苑」がある。

屯田兵招魂碑
1878年(明治11年)7月、西南戦争で没した屯田兵のために建てられた物で、札幌市内に現存する最古の碑と考えられる[3]
当初は偕楽園にあった。1907年(明治40年)12月、日露戦争における札幌連隊区管内からの戦死者を合祀し、中島遊園地に移転。1933年(昭和8年)、招魂社境内に再移転した[3]
忠魂碑
日露戦争の戦死者のために建てられた。題字の揮毫は乃木希典[3]
頌徳碑
財団法人帝国在郷軍人会の創立者である松本謄四郎を顕彰した碑。当初は旭ヶ丘にあったが、1960年(昭和35年)3月、当社に移設された[4]
松本を称える正面の碑文は、佐藤昌介の撰による。1967年(昭和42年)、右側面に在郷軍人会の遺族を慰霊する文が刻字された[4]
尼港殉難碑
尼港事件の犠牲者のための碑。1928年(昭和3年)10月、旭ヶ丘に建てられたが、1960年(昭和35年)3月5日、当社に移設された[5]
ノモンハン英魂之碑
ノモンハン事件の犠牲者のための碑。1967年(昭和42年)9月16日建立。1987年(昭和62年)にはアフリカ産黒御影石製の由来碑が添えられた[6]
アッツ島玉砕 雄魂之碑
アッツ島の戦いでの犠牲者のための碑。1968年(昭和43年)7月29日建立。幅7メートルの台座の上に、32トンの神居古潭石製の碑が載る[7]
メレヨン島戦没者慰霊碑
ウォレアイ環礁での犠牲者のための碑。1971年(昭和46年)10月建立。黒御影石製で、題字は堂垣内尚弘による。左後方には戦没者の氏名碑が立つ[8]
北千島慰霊碑
北千島での犠牲者のための碑。1975年(昭和50年)8月23日建立。日高産碑原石製で、題字は堂垣内尚弘による[9]
北海道全海軍 英魂の碑
北海道・千島・樺太にゆかりのあるすべての海軍関係者のための碑。1978年(昭和53年)8月20日建立。重巡洋艦で使われていた錨2基を配する[10]
「北鎮砲兵発祥の地」碑
1896年(明治29年)12月に結成された独立野戦砲大隊を記念する碑。1985年(昭和60年)6月23日建立。アフリカ産黒御影石製で、題字は板垣武四による[11]
旭川第七連隊砲兵哨舎
「北鎮砲兵発祥の地」碑建立の数年前に自衛隊が運んできたもの[11]
歩兵第26連隊軍旗奉焼の碑
歩兵第26連隊の解散に伴い、月寒神社で行われた軍旗奉焼を記念する碑。1986年(昭和61年)9月14日建立。白御影石製で、沿革碑が添えられている[12]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 神社紹介 – 札幌護国神社公式ホームページ、2012年10月2日閲覧。
  2. ^ a b c 札幌護国神社 – 北海道神社庁、2012年10月2日閲覧。
  3. ^ a b c 吉岡, No.1.
  4. ^ a b 吉岡, No.11.
  5. ^ 吉岡, No.15.
  6. ^ 吉岡, No.36.
  7. ^ 吉岡, No.42.
  8. ^ 吉岡, No.48.
  9. ^ 吉岡, No.54.
  10. ^ 吉岡, No.56.
  11. ^ a b 吉岡, No.63.
  12. ^ 吉岡, No.66.

参考文献[編集]

  • 吉岡道夫「中央区の碑」、『札幌の碑』。さっぽろ文庫45

関連項目[編集]

外部リンク[編集]