末吉興一

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末吉興一
すえよし こういち
生年月日 (1934-09-20) 1934年9月20日(83歳)
出生地 兵庫県(本籍:北九州市小倉南区
出身校 東京大学法学部卒業
前職 内閣官房参与
称号 法学士東京大学1958年
名誉博士早稲田大学2006年

Flag of Kitakyushu, Fukuoka.svg 第7-11代 北九州市長
当選回数 5回
在任期間 1987年2月20日 - 2007年2月19日
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末吉 興一(すえよし こういち、1934年(昭和9年)9月20日 - )は、日本の元政治家・官僚である。財務省参与。国土庁土地局長北九州市長外務省参与内閣官房参与を歴任した。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

1934年(昭和9年)、兵庫県西宮市生まれ。本籍は小倉市(のちの北九州市)。小学校時代の1945年(昭和20年)8月に第二次世界大戦の終結を経験した時、「世の中に絶対という物は無い」と感じたという。

大分県立竹田高等学校を経て、1958年(昭和33年)に東京大学法学部を卒業し建設省に入省、建設行政に携わった。

官界[編集]

1960年(昭和35年)から建設省松原下筌ダム工事事務所にて用地課長を務めた。松原・下筌ダム用地課長在職時代に事務所の臨時職員であった中津江村(ダム水没地区)の女性と知り合い、結婚したのが現在の夫人である[1]

1966年(昭和41年)には宮崎県庁に出向し、企業局総務課の課長に就任した。1978年(昭和53年)からは自治省に出向し、大臣官房地域政策課の課長となった。

1985年(昭和60年)、建設省に戻り、国土庁の土地局長に就任した。1987年(昭和62年)、北九州市長選挙に立候補するため国土庁を退官した。

政界[編集]

1987年(昭和62年)、選挙対策本部長に麻生太郎を据え[2]、北九州市長選挙に立候補して初当選を果たした。同年2月20日、第7代(3人目)北九州市長に就任、在任中には後述の北九州市ルネッサンス構想をはじめ北九州市の経済再生に取り組みながら以後5期を務め、官僚としても市長としても先代の谷伍平と同様に長期政権となった。5期目の2006年(平成18年)7月5日、「市長としてももう『定年』だ」と述べて、次の市長選挙には立候補せず引退することを明らかにした。

末吉の任期満了に伴い2007年(平成19年)2月4日に執行された北九州市長選挙では、自身の建設省時代の後輩に当たる国土交通省都市・地域整備局長の柴田高博を支援する姿勢を鮮明にしたが、選挙で柴田は対立候補の北橋健治に敗れた。同年2月19日、5期20年の任期を終えて同市長職を退任した。

引退後[編集]

外務省が地方と連携した外交政策を進めるにあたり、独自の首長外交を展開した末吉の実績を評価し、2007年(平成19年)6月、末吉を非常勤の参与として起用した。自治体首長経験者が外務省参与を務めるのは初のケースであった。

2008年(平成20年)には福岡放送めんたいワイド』に不定期で木曜コメンテーターとして出演。同年10月10日麻生内閣において地域再生担当の内閣官房参与に就任、その後鳩山由紀夫内閣の発足に伴い退任した。

2013年(平成25年)2月1日財務省参与に就任[3]。同省は生活保護費の削減を目指すにあたって、市長在任中の末吉の取り組みを評価した[3]

主な政策[編集]

北九州市ルネッサンス構想
「製鉄不況」により疲弊していた北九州市の産業構造を転換し、市を再生させようという目的で作られた。その成果については賛否両面がある。
生活保護受給者抑制
先代の谷伍平市長時代から引き続いて行われてきたもの[要出典]。マスメディアからは「ヤミの北九州方式」とも呼ばれる徹底的な生活保護受給者数の抑制を推進した。
早稲田大学誘致
北九州市若松区の学園研究都市に早稲田大学の大学院を誘致した。2006年に早稲田大学から「名誉博士」を贈呈された。

人物[編集]

信条は「苦労はやがて財産になる」[2]

略歴[編集]

著書[編集]

  • 実践都市経営(PHP研究所発行、2000年10月1日発売)
  • 自治体経営を強くする 鳥の目と蟻の足(財界研究所、2008年)

出演[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 九大法学部「非公式」広報誌「Forum」復刊第2号、「北九州市訪問」内、「末吉興一氏 北九州市 市長」インタビュー記事、2003年12月付、2016年6月4日閲覧。
  2. ^ a b 平元英治「ひと:末吉興一さん――内閣官房参与に就任した前北九州市長」『ひと:末吉興一さん 内閣官房参与に就任した前北九州市長 - 毎日jp(毎日新聞)毎日新聞社2008年10月24日
  3. ^ a b 参与に末吉元北九州市長 財務省(日本経済新聞)

関連項目[編集]

リンク[編集]