木村威夫

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きむら たけお
木村 威夫
木村 威夫
木村威夫(2003年7月)
生年月日 (1918-04-01) 1918年4月1日
没年月日 (2010-03-21) 2010年3月21日(満91歳没)
出生地 日本の旗 日本東京都恵比寿
死没地 日本の旗 日本・東京都世田谷区 [1]
民族 日本人
職業 映画監督美術監督
活動期間 1941年 - 2010年

木村 威夫(きむら たけお、1918年4月1日 - 2010年3月21日[1][2])は、日本の美術監督映画監督

東京都恵比寿出身。日本映画・テレビ美術監督協会顧問、日本映像美術協議会JVA賞審査委員長、日活芸術学院学院長、映画美学校理事、東京工芸大学芸術学部客員教授、京都造形芸術大学映画学科准教授を務めた。

人物[編集]

十代の頃より、舞台美術監督伊藤熹朔に師事。1941年日活に入社。しかし、翌年に日活は新興キネマ、大都映画と合併して大映となる。『海の呼ぶ聲』(1945年 / 伊賀山正徳監督、封切は終戦後)で美術監督に昇進。1954年、映画製作を再開した日活へ移籍。

1963年、『悪太郎』をきっかけに鈴木清順監督作品の美術を担当、「清順美学」と呼ばれるその作風の創造に大きく貢献する。1966年には、清順を中心とする脚本家グループ「具流八郎」を大和屋竺田中陽造曾根中生、岡田裕、山口清一郎、榛谷泰明とともに結成。

日活がロマンポルノ製作へと転じた後、1972年にフリー、以降は林海象など若手監督の作品にも積極的に参加した。

1991年、『式部物語』が第14回モントリオール世界映画祭で最優秀美術貢献賞を受賞。

1992年勲四等旭日小綬章を受章[1]

2004年には、自身初の監督作品となる短編映画『夢幻彷徨(さすらい)』を公開。2008年には長編映画『夢のまにまに』を公開し、これが長編映画監督デビューとしては世界最高齢(90歳)であるとして、ギネス・ワールド・レコーズに登録された[3]

さらに、2008年8月には長編第2作目『黄金花』の撮影が行われた。プロデューサーに林海象高橋伴明が参加。出演に原田芳雄松坂慶子松原智恵子絵沢萌子三條美紀長門裕之川津祐介野呂圭介麿赤児らが参加。現役の映画監督として、新藤兼人に次ぐ高齢監督となった。

2010年3月21日、間質性肺炎のため死去[2]。91歳没[1]

美術監督[編集]

大映時代[編集]

  • 『海の呼ぶ聲』(1945年、伊賀山正徳監督、小崎政房脚本)デビュー作
  • 『絢爛たる復讐』(1946年、小石栄一・吉村廉共同監督)
  • 『盗まれかけた音楽祭』(1946年、久松静児監督、高岩肇脚本)
  • 『キャバレの花籠』(1947年、山本弘之監督・脚本)日本映画協会・技術賞受賞、日本初のフジカラー作品、大映富士製作
  • 『夜行列車の女』(1947年、田中重雄監督、伊藤大輔・小森静男共同脚本)
  • 『オリオン星座』(1948年、田口哲監督・脚本)
  • 『親馬鹿大将』(1948年、春原政久監督、山本嘉次郎脚本)
  • 『夜のプラットホーム』(1948年、田口哲監督、八木保太郎脚本)
  • 『情熱の人魚』(1948年、田口哲監督、村松俊雄脚本)
  • 『検事と女看守』(1949年、吉村廉監督、舘岡謙之助脚本、伊福部昭音楽)
  • 『美貌の顔役』(1949年、吉村廉監督、植草圭之介脚色、菅英久原案)
  • 『大都会の丑満時』(1949年、西村元男監督、笠原良三脚本)
  • 『涙の港』(1949年、春原政久監督、館岡謙之介脚本)
  • 『歌の明星』(1949年、佐伯幸三監督、館岡謙之介・棚田吾郎共同脚本、服部良一音楽)
  • 『一匹狼』(1950年、小石栄一監督、八木隆一郎脚本)
  • 『私は狙われている』(1950年、森一生監督、松浦健郎脚本)
  • 『蜘蛛の街』(1950年、鈴木英夫監督、高岩肇脚本)
  • 『午前零時の出獄』(1950年、小石栄一監督、成沢昌茂脚本)
  • 『三惡人と赤ん坊』(1950年、小石栄一監督、柳川真一脚本、姫田真佐久撮影)
  • 『恋の阿蘭陀坂』(1951年、鈴木英夫監督、松田昌一脚本)
  • 『西城家の饗宴』(1951年、鈴木英夫監督、新藤兼人脚本)
  • 『歌う野球小僧』(1951年、渡辺邦男監督・脚本、久米正雄原作、服部良一・灰田勝彦共同音楽)
  • 『炎の肌』(1951年、久松静児監督、八住利雄脚本)
  • 『浅草紅園』(1952年、久松静児監督、成沢昌茂脚本、川端康成『浅草物語』原作)
  • 『生き残った辦天様(べんてんさま)』(1952年、久松静児監督、高岩肇脚本、J・C・ミラゾー原作、服部良一音楽)
  • 『猛獣使いの少女』(1952年、佐伯幸三監督、井手俊郎・井上梅次共同脚本)
  • 『二つの處女線(しょじょせん)』(1952年、久松静児監督、三枝皓(ひかる)脚本)
  • 『明日は日曜日』(1952年、佐伯幸三監督、須崎勝彌(かつみ)脚本)
  • 『乾杯! 東京娘』(1952年、木村恵吾監督・脚本)
  • 『現代處女』(1953年、佐伯幸三監督、須崎勝彌・赤坂長義共同脚本)
  • 『丹波』(1953年、小石栄一監督、田辺朝治脚本)
  • 『胡椒息子』(1953年、島耕二監督・脚本、田辺朝治共同脚本)
  • 『雁』(1953年、豊田四郎監督、成沢昌茂脚本、森鴎外原作、團伊玖磨音楽)伊藤善朔との共同美術
  • 『浅草物語』(1953年、島耕二監督、川端康成原作)
  • 『紅椿』(1953年、吉村廉監督、中江良夫脚本)
  • 『十代の誘惑』(1953年、久松静児監督、須崎勝彌脚本)
  • 『或る女』(1954年、豊田四郎監督、八住利雄脚色、有島武郎原作、團伊玖磨音楽)
  • 『春琴物語』(1954年、伊藤大輔監督、八尋不二脚本、谷崎潤一郎原作、伊福部昭音楽)伊藤善朔との共同美術、大映最後の作品。

日活時代[編集]

  • 『黒い潮』(1954年、山村聡監督、菊島隆三脚本、井上靖原作、鈴木清順助監督)
  • 『月は上りぬ』(1955年、田中絹代監督、小津安二郎斎藤良輔共同脚本)文部省選定、日本映画監督協会企画作品
  • 『スラバヤ殿下 Prince Soerabaja』(1955年、佐藤武監督、柳沢類寿脚本)
  • 警察日記』(1955年、久松静児監督、井手俊郎脚本、姫田真佐久撮影、團伊玖磨音楽)文部省選定
  • 『おふくろ』(1955年、久松静児監督、井手俊郎脚本、姫田真佐久撮影)文部省選定
  • 『緑はるかに』(1955年、井上梅次監督・脚本、水の江滝子製作)コニカラー作品、脚本は京中太郎名義
  • 『うちのおばあちゃん』(1955年、春原政久監督、柳沢類寿脚本)
  • 『女中っ子』(1955年、田坂具隆監督・脚本、須崎勝弥共同脚本、伊福部昭音楽)文部省選定
  • 『少年死刑囚』(1955年、吉村廉監督、片岡薫・佐治乾共同脚本、八木保太郎構成、中山義秀原作)
  • 『月夜の傘』(1955年、久松静児監督、井手俊郎脚本、壺井栄原作)
  • 『自分の穴の中で』(1955年、内田吐夢監督、八木保太郎脚本、石川達三原作、芥川也寸志音楽)
  • 『続警察日記』(1955年、久松静児監督、井手俊郎脚本、伊藤永之介原作、姫田真佐久撮影、伊福部昭音楽)文部省選定、芸術祭参加作品
  • 『ジャズ・オン・パレード1956年 裏町のお轉婆娘(おてんばむすめ)』(1956年、井上梅次監督、吉田広介脚本)
  • 『第8監房』(1956年、阿部豊監督、白石五郎脚本、柴田錬三郎原作、佐藤勝音楽)
  • 『神阪四郎の犯罪』(1956年、久松静児監督、高岩肇脚本、石川達三原作、姫田真佐久撮影、伊福部昭音楽)
  • 『色ざんげ』(1956年、阿部豊監督、田岡敬一脚本、宇野千代原作)
  • 『雑居家族』(1956年、久松静児監督、田中澄江脚本、壺井栄原作、姫田真佐久撮影)文部省選定作品
  • 『ドラムと恋と夢』(1956年、吉村廉監督、井上梅次脚本、水の江滝子製作)脚本は待田京介名義
  • 『續 ただひとりの人』(1956年、吉村廉監督・脚本、池田一朗共同脚本、北条誠原作)
  • 『隣の嫁』(1956年、堀田清監督、館岡謙之介脚色、伊藤左千夫原作)
  • 『肉体の密輸』(1956年、阿部豊監督、陶山鉄脚本)
  • 乳母車』(1956年、田坂具隆監督、沢村勉脚本、石坂洋次郎原作)昭和31年度芸術祭参加作品
  • 『最後の突撃』(1957年、阿部豊監督、陶山鉄脚色、松浦義教原作)
  • 『女子寮祭』(1957年、斎藤武市監督、若杉光夫脚本、岩橋邦枝原作)
  • 『私は前科者である』(1957年、古川卓巳監督・脚本、八木保太郎共同脚本、橘外男原作、佐藤勝音楽)
  • 『ジャズ娘誕生』(1957年、春原政久監督、松村基生原作・脚本、辻真先共同脚本、姫田真佐久撮影)佐谷三平(晃能)との共同美術
  • 『マダム』(1957年、阿部豊監督、沢村勉・中沢信共同脚本、織田昭子原作)
  • 『今日のいのち』(1957年、田坂具隆監督・脚本、沢村勉共同脚本、由起しげ子原作)
  • 『危険な年齢』(1957年、堀池清監督、長瀬喜伴脚本、石坂洋次郎原作、高村倉太郎撮影、真鍋理一郎音楽)
  • 『九人の死刑囚』(1957年、古川卓巳監督・脚本、片岡薫・佐治乾共同脚本)
  • 『雌花』(1957年、阿部豊監督、館岡謙之助脚本、大岡昇平原作)
  • 『春泥尼』(1958年、阿部豊監督、松浦健郎脚色、今東光原作)
  • 『霧の中の男』(1958年、蔵原惟繕監督、石原慎太郎原作・脚本、佐藤勝音楽)
  • 陽のあたる坂道』(1958年、田坂具隆監督・脚本、池田一朗共同脚本、石坂洋次郎原作、佐藤勝音楽)イーストマンカラーの試作品となるはずが、社命でモノクロとなる
  • 『死の壁の脱出』(1958年、滝沢英輔監督、石原慎太郎・西島大共同脚本、佐藤勝音楽)
  • 『野郎と黄金』(1958年、牛原陽一監督、池田一朗脚本、佐川恒彦原作、水の江滝子製作)
  • 『運河』(1958年、阿部豊監督、松浦健郎脚本、丹波文雄原作、伊佐山三郎撮影)
  • 赤い波止場』(1958年、舛田利雄監督・脚本、池田一朗共同脚本、水の江滝子企画、姫田真佐久撮影)
  • 『嵐の中を突っ走れ』(1958年、蔵原惟繕監督、松浦健郎原作・脚本、水の江滝子企画、高村倉太郎撮影、真鍋理一郎音楽)
  • 『獣のいる街』(1958年、古川卓巳監督、宮田輝明脚本)
  • 『若い川の流れ』(1959年、田坂具隆監督・脚本、池田一朗共同脚本、石坂洋次郎原作、伊佐山三郎撮影、佐藤勝音楽)
  • 『実いまだ青し』(1959年、牛原陽一監督、楠田芳子脚本、中村八朗原作)
  • 『仮面の女』(1959年、阿部豊監督、松浦健郎脚本、芝木好子原作、岩佐一泉撮影、佐藤勝音楽)
  • 『逃亡者』(1959年、古川卓巳監督、星川清司脚本、藤原審爾原作)
  • 『二連続の鉄』(1959年、阿部豊監督、川内康範原作・脚本、中西隆三共同脚本、大森盛太郎音楽)
  • 『山と谷と雲』(1959年、牛原陽一監督、池田一朗脚本、檀一雄原作、水の江滝子企画、牧野由多可音楽)
  • 『海は狂っている』(1959年、古川卓巳監督・共同脚本、石原慎太郎原作・共同脚本)
  • 『爆薬(ダイナマイト)に火をつけろ』(1959年、蔵原惟繕監督、池田一朗・阿部桂一共同脚本、樽井武原案)
  • 『男なら夢をみろ』(1959年、牛原陽一監督、池田一朗・小川英共同脚本、水の江滝子企画、佐藤勝音楽、舛田利雄B班監督)
  • 『浮気の季節』(1959年、阿部豊監督、松浦健郎原作・脚本、山崎厳共同脚本、大森盛太郎音楽)
  • 『硫黄島』(1959年、宇野重吉監督、八住利雄脚本、菊村到原作)
  • 『大学の暴れん坊』(1959年、古川卓巳監督・脚本、高岩肇共同脚本、伊佐山三郎撮影)
  • 『鉄火場の風』(1960年、牛原陽一監督、熊井啓脚本、水の江滝子企画、姫田真佐久撮影)
  • 『俺は欺されない』(1960年、古川卓巳監督、高岩肇脚本、五味康祐原作、伊佐山三郎撮影)
  • 『打倒(ノックダウン)』(1960年、松尾昭典監督・脚本、宮田輝明共同脚本、山本直純音楽)
  • 『海を渡る波止場の風』(1960年、山崎徳次郎監督、山崎厳・大川久男共同脚本、原健三郎原作、姫田真佐久撮影)
  • 『霧笛が俺を呼んでいる』(1960年、山崎徳次郎監督、熊井啓脚本、水の江滝子企画、姫田真佐久撮影、山本直純音楽)
  • 『やくざ先生』(1960年、松尾昭典監督・脚本、山田信夫共同脚本、水の江滝子企画、西村滋原作)
  • 『闘牛に賭ける男』(1960年、舛田利雄監督・脚本、山田信夫共同脚本、水の江滝子企画、山崎善弘撮影、佐藤勝音楽)
  • 『俺の血が騒ぐ』(1961年、山崎徳次郎監督、池田一朗・長谷部安春・加藤新二共同脚本、山崎忠昭原案、姫田真佐久撮影、山本直純音楽)
  • 『紅の拳銃』(1961年、牛原陽一監督、松浦健郎脚本、田村泰次郎原作、姫田真佐久撮影)
  • 『大暴れマドロス野郎』(1961年、山崎徳次郎監督、窪田篤人脚本、梅田慶公・牧克人共同構成、伊佐山三郎撮影、松井八郎音楽)
  • 『風に逆らう流れ者』(1961年、山崎徳次郎監督、山崎厳脚本、高橋道治原作、横山実撮影)
  • 『都会の空の非常線』(1961年、野村孝監督、池田一朗・小川英共同脚本、若井基成原作、池田正義音楽)
  • 『拳銃横丁』(1961年、山崎徳次郎監督、長谷川公之・宮田達男共同脚本、大河内常平原作)
  • 『大森林に向かって立つ』(1961年、野村孝監督、山崎厳・吉田憲二共同脚本、大森盛太郎音楽)
  • 『嵐を突っ切るジェット機』(1961年、蔵原惟繕監督、星川清司脚本、松浦健郎原作、間宮義雄撮影、伊部晴美音楽)
  • 『黒い傷あとのブルース』(1961年、野村孝監督、山崎厳・吉田憲二共同脚本、山野良夫原作、大森盛太郎音楽)
  • 『兄貴』(1962年、山崎徳次郎監督、柏正人脚本、永塚一栄撮影、鏑木創音楽)
  • 上を向いて歩こう』(1962年、舛田利雄監督、山田信夫脚本、水の江滝子企画、中村八大音楽)
  • 『雲に向かって起つ』(1962年、滝沢英輔監督、池田一朗脚本、石原慎太郎原作、伊部晴美音楽)
  • 『遥かなる国の歌』(1962年、野村孝監督、若尾徳平・池田一朗共同脚本、水の江滝子企画、伊部晴美音楽)
  • 『渡り鳥故郷へ帰る』(1962年、牛原陽一監督、下飯坂菊馬脚本、伊佐山三郎撮影、大森盛太郎音楽)
  • 『硝子のジョニー 野獣のように見えて』(1962年、蔵原惟繕監督、山田信夫脚本、水の江滝子企画、黛敏郎音楽)
  • 『いつでも夢を』(1963年、野村孝監督、下飯坂菊馬・田坂啓・吉田憲二共同脚本、吉田正音楽)
  • 『海の鷹』(1963年、古川卓巳監督、長谷川公之・宮田達男共同脚本)
  • 『悪名高きろくでなし』(1963年、斎藤武市監督、若井基成脚本)
  • 『午前零時の出獄』(1963年、山崎徳次郎監督、小川英・中野顕彰共同脚本、島田一男原作、萩原憲治撮影)
  • 夜霧のブルース』(1963年、野村孝監督、国弘威雄脚本、菊田一夫原作、高村倉太郎撮影)
  • 『アリバイ』(1963年、牛原陽一監督、熊井啓脚本・助監督、高村倉太郎撮影)
  • 悪太郎』(1963年、鈴木清順監督、笠原良三脚本、今東光原作、奥村一音楽)
  • 『関東無宿』(1963年、鈴木清順監督、八木保太郎脚本、平林たい子原作、池田正義音楽)
  • 『花と怒濤』(1964年、鈴木清順監督、舟橋和郎・阿部桂一・木村威夫共同脚本、青山光二原作、奥村一音楽)
  • 『夕陽の丘』(1964年、松尾昭典監督、山崎厳・国弘威雄共同脚本、菊村到原作)
  • 肉体の門』(1964年、鈴木清順監督、棚田吾郎脚本、田村泰次郎原作、山本直純音楽)
  • 『俺たちの血が許さない』(1964年、鈴木清順監督、竹森竜馬・細見捷弘・伊藤美千子共同脚本、松浦健郎原作、鈴木忠興音楽)
  • 春婦伝』(1965年、鈴木清順監督、高岩肇脚本、田村泰次郎原作、山本直純音楽)
  • 『落葉の炎』(1965年、前田満州夫監督、星川清司・山中耕人共同脚本、黒岩重吾原作)
  • 『悪太郎伝 悪い星の下でも』(1965年、鈴木清順監督、笠原良三脚本、今東光原作、奥村一音楽)
  • 『三匹の野良犬』(1965年、牛原陽一監督、山崎厳脚本、河野典生原作)
  • 『怪盗X 首のない男』(1965年、小杉勇監督、山崎厳脚本、都筑道夫原作)
  • 『刺青一代』(1965年、鈴木清順監督、直居欽哉・服部佳共同脚本、高村倉太郎撮影)
  • 河内カルメン』(1966年、鈴木清順監督・三木克己脚本、今東光原作、小杉太一郎音楽)
  • 東京流れ者』(1966年、鈴木清順監督、川内康範原作・脚本)
  • 『夜のバラを消せ』(1966年、舛田利雄監督、下飯坂菊間・瀬川昌治池上金男共同脚本、柴田錬三郎原作)
  • けんかえれじい』(1966年、鈴木清順監督、新藤兼人脚本、鈴木隆原作、山本直純音楽、若松正雄美術助手)映画評論美術賞受賞作品。
  • 『おゆきさん』(1966年、鍛冶昇監督、倉本聰脚本、塩田良平原作、藤岡粂信撮影)
  • 『二人の銀座』(1967年、鍛冶昇監督、才賀明脚本、林一川口真共同音楽)
  • 『嵐来たり去る』(1967年、舛田利雄監督、池上金男・星川清司共同脚本、富田常雄原作、横山実撮影、真鍋理一郎音楽)
  • 『対決』(1967年、舛田利雄監督・脚本、池上金男共同脚本、真鍋理一郎音楽)
  • 『みな殺しの拳銃』(1967年、長谷部安春監督、中西隆三・藤井鷹史共同脚本、永塚一栄撮影、山本直純音楽)
  • 『紅の流れ星』(1967年、舛田利雄監督・脚本、池上金男共同脚本、高村倉太郎撮影)
  • 『「無頼」より 大幹部』(1968年、舛田利雄監督、池上金男・久保田圭司共同脚本、藤田五郎原作、高村倉太郎撮影)
  • 『大幹部 無頼』(1968年、小沢啓一監督、池上金男・久保田圭司共同脚本、藤田五郎原作、高村倉太郎撮影、川原資三共同美術)川原が実質の美術担当で木村は監修。
  • 『わが命の唄 艶歌』(1968年、舛田利雄監督、池上金男脚本、五木寛之原作、高村倉太郎撮影、伊部晴美・安藤実親共同音楽)
  • 『昭和のいのち』(1968年、舛田利雄監督・脚本、池上金男共同脚本、真鍋理一郎音楽)
  • 『あゝひめゆりの塔』(1968年、舛田利雄監督、八木保太郎・若井基成・石森史郎共同脚本、真鍋理一郎音楽)
  • 『地獄の破門状』(1969年、舛田利雄監督・脚本、星川清司・山崎厳共同脚本、真鍋理一郎音楽)
  • 『野獣を消せ』(1969年、長谷部安春監督、永原秀一・中西隆三共同脚本、姫田真佐久撮影、坂田晃一音楽、渡辺平八郎・若松正雄共同美術助手)
  • 『昇り竜 鉄火肌』(1969年、石井輝男監督・脚本、北原成撮影、八木正生音楽)
  • 『前科 ドス嵐』(1969年、小沢啓一監督、星川清司脚本、高村倉太郎撮影、鏑木創音楽)
  • 『大幹部 殴り込み』(1969年、舛田利雄監督・脚本、棚田吾郎共同脚本、高村倉太郎撮影)
  • 『侠花列伝 襲名賭博』(1969年、小沢啓一監督、星川清司脚本、小杉大一郎音楽)
  • 『嵐の勇者たち』(1969年、舛田利雄監督、永原秀一脚本)
  • 『やくざの横顔』(1970年、小沢啓一監督、中西隆三脚本、川内康範原作、高村倉太郎撮影、真鍋理一郎音楽)
  • 『花と龍』(1970年、舛田利雄監督・脚本、NET・CAL企画、火野葦平原作、宮西良太郎撮影、冨田勲音楽)松下電器提供、浅井事務所製作。初のTV担当作品。
  • 『女の警察 乱れ蝶』(1970年、小沢啓一監督、中西隆三脚本、梶山季之原作、小林旭・友田二郎製作)アロー・エンタプライズ作品。ダイニチ配給。
  • 『大幹部 ケリをつけろ』(1970年、小沢啓一監督、大工原正泰・中西隆三共同脚本、小杉太一郎音楽)ダイニチ配給。
  • 『暁の挑戦』(1971年、舛田利雄監督、国弘威雄・池田一朗共同脚本、橋本忍原作、坪井誠撮影、渡辺岳夫音楽)フジテレビ新国劇映画作品。
  • 『関東破門状』(1971年、小沢啓一監督、鴨井達比古脚本、安藤庄平撮影)
  • 『不良少女 魔子』(1971年、蔵原惟二監督、藤井鷹史脚本)日活時代の最後の作品。

フリー時代[編集]

監督作品[編集]

著作[編集]

  • 『映画美術 疑景 借景 嘘百景』 荒川邦彦編/ワイズ出版 2004年-※本稿の参考文献
  • 『裏話ひとつ映画人生九十年 「多摩川精神」撮影所とその周辺』 岩波書店、2009年
  • 『わが本籍は映画館』 春秋社、1986年
  • 『彷徨の映画美術』 トレヴィル、1990年
  • 『月下茫茫白狐之図』 ワイズ出版、1998年-処女小説
  • 白姫抄 画:佐谷晃能』 ワイズ出版、1997年-小冊子

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d “映画美術監督の木村威夫さん死去 数多くの魅力的な映像”. 47NEWS. (2010年3月25日). http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010032501000298.html 2011年11月14日閲覧。 
  2. ^ a b 映画「ツィゴイネルワイゼン」美術監督 木村威夫氏死去”. asahi.com (2010年3月24日). 2010年3月26日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年3月25日閲覧。
  3. ^ 木村威夫監督、最高齢90歳デビューでギネスに - 読売新聞 2008年10月27日(2008年10月29日時点のアーカイブ

外部リンク[編集]