木原城 (常陸国)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
logo
木原城
茨城県
Kijyoukouen.jpg
別名 神越城
城郭構造 山城
築城主 近藤氏
築城年 不明
主な改修者 土岐治英
主な城主 近藤利貞近藤氏元近藤義勝
廃城年 慶長8年(1603年)頃
遺構 曲輪土塁、石碑
位置 {{{10}}}

木原城(きはらじょう)は現在の茨城県稲敷郡美浦村に存在した日本の城平山城)である。

概要[編集]

土岐氏家臣である近藤氏の居城である。現在、本丸(詰曲輪)跡地は城山公園として整備され、春には城山まつりが行われている。二の丸三の丸跡地は畑になっている。

歴史[編集]

永正元年(1504年)に居城を失った近藤氏元がこの城に移り住んだ。永正3年(1506年)に 近藤義勝が城主になった。

永禄5年(1562年土岐治美が改修をし、近藤義勝が城の守備を任された。

天正2年(1574年)に小田氏家臣上条城主の江戸崎監物が寝返り落城した。さらに天正11年(1583年)に常陸国の大半を支配していた、佐竹義重佐竹義宣蘆名盛重らの軍に攻められ、また落城した。

天正18年(1590年)に豊臣秀吉の攻撃を受けて北条氏が滅亡すると、勢力を失った土岐氏の城は、秀吉の家臣となった佐竹義重に降伏し、天正19年(1591年)蘆名盛重が支配するようになった。関ヶ原の戦いの後、慶長8年(1603年)に徳川家譜代大名だった内藤清成青山忠成の所領になったがこの頃に廃城になった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]