木下利貞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
木下利貞
時代 江戸時代前期
生誕 寛永4年(1627年
死没 延宝7年4月16日1679年5月25日
戒名 慈光院乾徳利貞大居士
官位 従五位下淡路守
幕府 江戸幕府
主君 徳川家綱
備中足守藩
氏族 木下氏
父母 木下利当木下延俊
兄弟 利貞、永昌院、種、雪、瀬川正長
金森重頼
㒶定藤栄利安平野長政継室、
遠山友貞継室ら
テンプレートを表示

木下 利貞(きのした としさだ)は、備中国足守藩4代藩主。足守藩木下家5代。官位は従五位下、淡路守。

経歴[編集]

寛文元年(1661年)末に父が死去し、翌年2月に家督を継いだ。小豆島検地を行なうなどの功を挙げている。延宝7年(1679年)4月16日に死去した。享年53。法号は慈光院乾徳利貞大居士。跡を長男の公定が嗣いだ。

系譜[編集]