朝木直子

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朝木 直子(あさき なおこ、1967年(昭和42年) - )は、日本の地方政治家東村山市市議会議員(5期。市議選での当選は6回(後述)のため、記録上は6期)。市議会所属会派は「草の根市民クラブ」[1]。同市では都市整備委員会、議会運営委員会などを歴任。

来歴[編集]

東京都東村山市出身。慶應義塾大学卒業[2][3]。朝木家は一家で『東村山市民新聞』の経営に従事しており、地方政治への関与も深く、母は東村山市議を3期務めた朝木明代であり、父も東村山市民新聞編集顧問で都議選への出馬経験者である[4]

ミニコミ紙編集者として働きながら、25歳となり被選挙権を得た1993年、朝木は東京都議会議員選挙に北多摩1区から出馬したが[5]、落選した。

議席譲渡事件[編集]

1995年4月23日執行の東村山市議会議員選挙(定数27)において、市民グループ「草の根」は、3人の候補者(朝木明代、朝木直子、矢野穂積)を擁立した[6]。朝木直子の立候補は、直前に予定候補の一人が出馬を断念した結果、急遽決まったものであった[7]。「草の根」の各候補は当時の新党護憲リベラルから推薦ないし公認を得て選挙戦を戦っていたが[8]、無所属で立候補した朝木明代が1位で、朝木直子が4位で当選したものの、公認を受けた矢野穂積は次点となった[6]

このとき、4位で当選した朝木直子は、選挙直後に千葉県松戸市への転出届を提出し[9]、これにより、東村山市に住所を持たなくなったために自らが被選挙権を失ったと主張した。これは、朝木直子から次点であった矢野穂積に議席を譲渡する目的であった[6][10]。この事態を受けて、護憲リベラルは5月10日に「草の根」の3人への公認、推薦を取り消した[11]

4月28日の東村山市選挙会は、当選辞退を受けての繰り上げ当選は行なわず[12]、議会は欠員1の状態で任期を開始した[8]。その後、臨時の選挙会が重ねられ、5月21日の選挙会の裁決により矢野の繰り上げ当選が決定した[13][14]。5月23日の市議会臨時会では、繰り上げ当選した矢野も出席する中、矢野と朝木明代、議長の3名を除く24名全員の連名で、「市選管の結論は、選挙制度に対する有権者の信頼を著しく損ない、将来すべての選挙に大きな影響を及ぼす」として「再び発生しないための法整備」を求める首相や自治相への意見書が提出され、可決された[15]

その後、選挙の立会人であった男性が、市選管[16]、都選管への不服申し立て[17][18]を経て、10月4日に都選管を相手取り、選挙の無効を訴える裁判を起こした[19][20]

1審の東京高等裁判所は訴えを却下した[20][21]。判決は、「原告らは、この点に関し、住所とは生活の本拠であり、それが失われたか否かという判断は実質的判断であるから、選挙管理委員会には判断権はなく、住所に関することは、議員資格取得後議会が決定する事柄であると主張するが、法九九条は被選挙権の喪失事由を分けず、一律に被選挙権を失ったときは当選を失うと定めているのであるから、原告らの右主張は到底採用することができない。」と、朝木直子が松戸市に転居届を提出したことで被選挙権を失ったため、繰り上げ当選に違法性はないと判断して訴えを退けた[22]

原告の上告を受けた、2審の最高裁判所第二小法廷は、1997年8月25日に1審判決を破棄し、都選管の裁決を取り消した[9][23]。判決は、「東村山市の市議会議員選挙の当選人朝木直子が、当選人の告示後議員としての任期が開始する前に松戸市への転出の届出をしたが、朝木直子は、従前東村山市に生活の本拠としての住所を有しており、右告示の後、当選を辞退し次点者の矢野穂積を当選人とすることを目的として、急きょ右転出の届出をしたものであり、朝木直子が単身転出したとする先は父の部下一家が居住する社宅であった上、その後、わずかの間に松戸市内で二度にわたり転居の届出をしているなど判示の事実関係の下においては、朝木直子が住所を移転させる強固な目的で転出の届出をした上、現実に右社宅で起居し、議員としての任期開始後最後に転居の届出をした松戸市内の住所がそのまま生活の本拠となっているとしても、朝木直子は、議員としての身分を取得する前に被選挙権の要件としての東村山市の住所を失ったとはいえない。」とのべ、矢野の繰り上げ当選を違法とし、朝木が議員として失職しているか否かの判断は「東村山市議会の決定にゆだねられるもの」とした[9][24]

1997年8月29日、東京都選挙管理委員会は、最高裁判決を受けて、矢野の繰り上げ当選を無効と決定[25]、9月2日には東村山市選挙管理委員会が選挙会を開き、朝木が「被選挙権を失っているのは明らか」として議席の欠員を決定した[26][27]。朝木と矢野は、矢野の当選無効の決定に際して朝木を当選としなかったのは不当だとして決定の取り消しを求める訴えを起こし、東京高裁は1999年1月28日に、朝木をいったん当選したと扱った上で被選挙権を失ったかどうかは市議会の決定にゆだねられる、とする判断を示した[28]。東村山市が上告したものの、同年7月8日、最高裁判所が高裁判決を支持し確定。この結果朝木直子は市議会議員の身分を回復したが、1999年4月には当該選挙による選出議員の任期は終了していた。また同月、朝木直子は市議会議員選挙に再び立候補し当選。判決確定とは無関係に市議会議員に選出されていた。判決確定を受け東村山市議会は、朝木は被選挙権はあったが1996年10月の第41回衆議院議員総選挙に朝木が立候補した時点で市議会議員を失職したものとした。東村山市は1999年4月の市議会議員選挙について朝木と矢野をともに「元職」と記録している[29]

選挙制度違憲訴訟[編集]

1996年10月の第41回衆議院議員総選挙に、朝木は東京20区から無所属で出馬し、落選した[30]。この選挙から適用された改正公職選挙法が、「届け出政党に所属する候補者を優遇する一方、無所属候補の選挙運動を制限するもの」だとして、朝木は矢野らとともに、選挙の無効確認を東京高裁に訴えた[31][32]。東京高裁はこの請求を、1997年12月15日に却下した[33][34]

朝木明代の死をめぐる訴訟合戦[編集]

1995年9月2日朝木明代が転落死したこと(朝木明代市議転落死事件)を契機に、週刊誌等が創価学会の関与を示唆する報道などを行なったことに対し、創価学会は明代の後継者として『東村山市民新聞』を代表する立場となった朝木直子を含む関係者を名誉毀損で告訴し、一連の裁判で勝訴した。以降、朝木明代の死をめぐる報道や、救急隊の措置、警察の対処などをめぐる様々な訴訟に関わることになった。

東村山市議会議員[編集]

朝木は、1996年の総選挙に続き、1997年東京都議会議員選挙にも北多摩1区から出馬したが落選した[35][36]

1999年第14回統一地方選挙の際に実施された東村山市議選(定数26)で、朝木は2回目の当選をトップ当選で果たし、市議会議員となった[37]。以降、2003年第15回統一地方選挙では、3回目の当選をトップ当選で[38][39]2007年第16回統一地方選挙では、4回目の当選を得票数2位で果たし[40]、定数が1削減されて25となった2011年第17回統一地方選挙の際には、5回目の当選を再びトップ当選で果たした[41][42]2015年第18回統一地方選挙東村山市議選では 得票を前回より700票以上減らし7位となったものの6選[43]

佐藤市議当選無効申立[編集]

2007年4月22日に執行された東村山市議選挙で当選した佐藤市議の当選が無効であるとして、矢野穂積と共に東京都選挙管理委員会を提訴を行った。提訴事由としては、佐藤の居住実態が日野市にあり、東村山市にないというものであった。都選管は同年10月に提訴を棄却。朝木、矢野は都選管の裁決を不服として同年11月に東京高等裁判所に提訴。2008年12月8日には、東京高等が請求を棄却。佐藤の当選は適法なものとされた。

この当選無効申し立てに関連し、佐藤の妻子が居住する日野市のマンションに人を張り込ませ、マンションのドア付近やベランダに干した洗濯物を撮影し、その写真を証拠として提出するなどしている。

また、朝木、矢野が発行人を勤める政治宣伝紙「東村山市民新聞」及びインターネット版「東村山市民新聞」、多摩レイクサイドFM(矢野がパーソナリティを務める番組「ニュースワイド多摩」を放送)による名誉棄損が行われたとして、2008年6月4日付けで佐藤から3者に対し訴訟が起こされている[44]。この訴えに対しては、2011年1月に公職選挙法違反の訴えの公益性を認め、佐藤の請求は棄却されている[45]。これとは逆に朝木、矢野は佐藤が自身のブログに書いた内容が名誉棄損であると訴訟を起こしたが、2011年6月に東京地方裁判所において棄却。東京高裁への控訴も2011年12月に棄却されている[46]

著書[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 2012年9月、矢野穂積との会派「草の根市民クラブ」を離脱し、民主党市議らと「東村山を良くする会」を結成したものの、2014年3月、矢野も「東村山を良くする会」に加入。2015年1月、矢野とともに「東村山を良くする会」を離脱し、「草の根市民クラブ」を再結成している
  2. ^ 矢野ほづみと朝木直子のプロフィール
  3. ^ “25選挙区に125人立つ 東京・小選挙区 総選挙”. 朝日新聞・東京夕刊. (1996年10月8日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  4. ^ “都議選北多摩1区 朝木大統氏が出馬表明”. 読売新聞・東京朝刊・多摩: p. 34. (2001年4月4日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  5. ^ “都議選候補者一覧(23区以外)”. 朝日新聞・東京朝刊. (1993年6月26日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  6. ^ a b c “東京・東村山市議選4位の女性 次点候補に当選譲る 「彼の方が適格」”. 読売新聞・東京朝刊: p. 35. (1995年4月27日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  7. ^ “母娘で「草の根」推進 東村山の朝木氏 市議選”. 朝日新聞・東京朝刊. (1995年4月24日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  8. ^ a b 小山孝 (1995年5月3日). “東村山市議選で「当選辞退」 公約の実践が義務 推薦政党も懐疑的(解説)”. 読売新聞・東京朝刊: p. 11  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  9. ^ a b c “東村山市議選の繰り上げ当選無効 次点者へ「議席譲渡」狙い転居 最高裁が判決”. 読売新聞・東京朝刊: p. 1. (1997年8月26日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  10. ^ “私の当選譲ります 東村山市議選で仲間の次点候補当選のために辞退”. 朝日新聞・朝刊: p. 34. (1995年4月27日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  11. ^ “東村山市議選問題で3人の公認や推薦取り消しへ 護憲リベラル”. 朝日新聞・朝刊. (1995年5月11日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  12. ^ “当選入れかえに「待った」 怒号の中、選挙会 東村山市議選”. 朝日新聞・東京朝刊. (1995年4月29日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  13. ^ “東京・東村山市議選の当選“譲渡” 次点者の繰り上げ決定/都選管”. 読売新聞・東京朝刊: p. 26. (1995年5月22日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  14. ^ “混乱の中で繰り上げ当選を宣言 東村山市議選選挙会”. 朝日新聞・東京朝刊. (1995年5月22日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  15. ^ “当選巡って意見書可決 議決で当事者退場要求 東村山市議会”. 朝日新聞・東京朝刊. (1995年5月24日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  16. ^ “当選人資格失効決定に異議申し立て 東村山市議選議席委譲問題”. 朝日新聞・東京朝刊. (1995年5月9日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  17. ^ “「異議棄却は不服」と都選管に申し立て 東村山市議選問題”. 朝日新聞・東京朝刊. (1995年6月30日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  18. ^ “繰り上げ当選への異議申し立てを棄却 東村山市議選で都選管”. 朝日新聞・東京朝刊. (1995年9月5日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  19. ^ “市民グループ、都選管を提訴 東村山議席譲り問題”. 朝日新聞・東京朝刊. (1995年10月4日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  20. ^ a b “「東村山市議選無効」訴え却下 当選者の議席譲渡で/東京高裁”. 読売新聞・東京朝刊: p. 34. (1996年7月2日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  21. ^ “議席譲渡は無効 最高裁判決 東村山市議選で当選辞退し繰り上げ当選”. 朝日新聞・東京朝刊: p. 1. (1996年7月2日) “次点者に当選移譲、「無効」訴え却下 昨春の東村山市議選 東京高裁”. 朝日新聞・東京朝刊. (1996年7月2日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  22. ^ “「議席移譲で当選」、無効の請求を棄却 東京高裁”. 朝日新聞・東京朝刊. (1996年12月27日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  23. ^ “市民常識に沿った判決 東村山市議選の議席譲渡無効 最高裁”. 朝日新聞・東京朝刊. (1997年8月26日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  24. ^ 裁判所ウェブサイトに掲載された最高裁判例
  25. ^ “東京・東村山市議選の繰り上げ当選、無効に 都選管が決定 委譲側も資格失効”. 読売新聞・東京夕刊: p. 18. (1997年8月29日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  26. ^ “東京・東村山市議選を巡る委譲議席、欠員決まる”. 読売新聞・東京朝刊: p. 34. (1997年9月3日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  27. ^ “「議席譲渡」問題の議席は欠員に 最高裁判決受け東村山市選挙会決定”. 朝日新聞・東京朝刊: p. 30. (1997年9月3日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  28. ^ “東議席“譲渡”の東村山市議 「当選扱いにすべき」 東京高裁が判決”. 読売新聞・東京朝刊・多摩: p. 26. (1999年1月29日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  29. ^ 平成11年4月25日執行 東村山市議会議員選挙東村山市
  30. ^ “小選挙区候補者の得票 総選挙”. 朝日新聞・東京朝刊. (1996年10月21日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  31. ^ “「新選挙制は憲法違反」と提訴 衆院選落選の団体役員ら5人/東京高裁”. 読売新聞・東京朝刊: p. 30. (1996年11月20日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  32. ^ “「重複立候補制度は違憲」 関東地方の有権者、選挙無効求め提訴”. 朝日新聞・東京朝刊: p. 30. (1996年11月20日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  33. ^ “「改正公選法、違憲ではない」 無所属候補の訴え棄却/東京高裁”. 読売新聞・東京朝刊: p. 34. (1997年12月16日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  34. ^ “小選挙区での政党の運動は「合憲」 無所属候補の請求棄却 東京高裁”. 朝日新聞・東京朝刊: p. 33. (1997年12月16日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  35. ^ “自民、共産が2区で複数当選 公明は「完勝」 東京都議選の開票結果”. 朝日新聞・朝刊: p. 7. (1997年7月7日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  36. ^ “東村山市議選繰り上げ当選無効判決 議席はだれのものに 戸惑う都選管、市議会”. 読売新聞・東京朝刊: p. 26. (1997年8月26日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  37. ^ “市議選の得票 その1”. 朝日新聞・東京朝刊・多摩: p. 16. (1999年4月26日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  38. ^ “03統一選 東京・市議選開票結果”. 読売新聞・東京朝刊・多摩: p. 17. (2003年4月28日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  39. ^ “市議選の得票 統一地方選”. 朝日新聞・東京朝刊・多摩: p. 16. (2003年4月28日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  40. ^ “市議選の得票 統一地方選”. 朝日新聞・東京朝刊・多摩: p. 16. (2007年4月23日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  41. ^ “2011統一選 市議選開票結果”. 読売新聞・東京朝刊・多摩: p. 14. (2011年4月25日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  42. ^ “市議選・町村議選の得票 2011統一地方選後半戦”. 朝日新聞・東京朝刊・多摩: p. 14. (2011年4月25日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  43. ^ 平成27年4月26日執行 東村山市議会議員・市長選挙東村山市
  44. ^ なんとかしようよ!東村山2:明日は裁判です 佐藤市議のブログ
  45. ^ なんとかしようよ!東村山2:原告裁判、控訴はしませんでした。 佐藤市議のブログ
  46. ^ なんとかしようよ!東村山2:3件目の裁判も実質的に終結しました。 佐藤市議のブログ